僕の仕事は YouTube

発刊
2013年7月19日
ページ数
158ページ
読了目安
131分
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推薦者

YouTubeの投稿動画だけで食べていく方法
YouTubeで、チャンネル登録者数130万人、動画再生回数3億3千万回という日本一のYouTubeクリエイターが成功するまでの体験を語った1冊。どのようにYouTubeでアクセス数を増やすかなどの、テクニックも紹介しています。


■YouTubeとの出会い
YouTubeとの出会いは、高1くらいの頃。ある日、ビートボックスをmp3で披露し合う掲示板サイトで知り合った友達から「外国人のビートボックス・パフォーマーで、とんでもない奴がいるぜ!」とメールが届いた。そこにはYouTubeのURLが書かれていた。

YouTubeは一瞬でハートをわしづかみにした。毎日新しい動画が世界中から次々にUPされて、どんどん増えていく。ただ他人の投稿動画を見るだけじゃなく、自分も動画をUPして参加してみたいと思うようになった。

YouTubeアカウントを取得したのが、高2の冬休み。それが「HIKAKIN」チャンネルだ。とにかくYouTubeを見るのも、動画をUPするのも大好き。これが動画作りの原動力で、HIKAKINチャンネルを見てもらえる理由の1つではないか。

日本一のYouTuberになる

高校卒業後、上京。都内のスーパーに就職し、食品部門で働く事になった。就職後も時間を作っては、ビートボックス動画をYouTubeに投稿し続けていた。会社の寮の狭いワンルームの隅が撮影現場。パソコンの内蔵カメラと1万円くらいのマイクを武器に動画を撮影&編集しては、YouTubeにUPする日々だった。

その頃の目標は、動画へのアクセスに応じた広告収入が得られるYouTubeパートナーになること。数年前までは、YouTube側からのオファーを受けるか、厳しい審査に合格する必要があった。2010年1月に自己申請したが却下。その時に、YouTube側からオファーさせてみせると決めた。この頃から「見る人側」の視点に立って動画を作ろうという意識が生まれた。

2010年6月、UPしたゲームのビートボックス動画が米国で話題になり、海外からのアクセスが殺到。米国のYahooのトップニュースになった事で、24時間で20万アクセスを記録。YouTubeからオファーのメールが届いた。

YouTubeパートナーとして、活動を始めて1年ほど経った2011年6月、日本で初の「YouTubeパートナーフォーラム」に参加。動画コンテストに参加したが落選した。この挫折をきっかけに会社員を続けながら、コンテスト入賞者を抜いて、日本一になると決めた。

睡眠時間を削って動画作りをしながら、同時に日本や海外のトップクリエイターたちの人気チャンネルを巡り、ヒットしている理由を細かく分析した。動画冒頭で人を惹き付ける方法、チャンネルに表示されるサムネイル(静止画像)のスタイルやタイトル、リンクの貼り方、映像の編集など。普通のユーザーなら気にも留めないような小さな工夫を、1つ1つ積み上げて動画作りをする事で、結果的にアクセス数が集まり、チャンネル登録者が増えていく事に気付いた。

2011年10月、YouTubeパートナーとしての月収は、会社員としての給料を軽く超えていた。そして2011年12月、「HIKAKIN」チャンネルの登録者数が日本一になった。翌月に会社を退職し、今日に至るまでYouTubeを中心に生計を立てている。

YouTubeが人生を変えた

2013年5月、シンガポールで「Social Star Awards 2013」というイベントが開催された。このライブの合間に、会場でパフォーマンス動画を流したいとオファーがあった。その前日、「エアロスミスから一緒にライブをしたいというオファーがあった」と連絡を受けた。まさに奇跡。

「YouTubeでお金を稼ぐこと」を第一に考えると、必ず失敗する。まずは大好きなこと、続けられることをテーマに、楽しみながら地道に動画を作り続けていった先に「YouTubeでお金が稼げる」ようになる。

 

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