私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日

発刊
2012年2月28日
ページ数
206ページ
読了目安
225分
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かつての人気企業が経営に失敗していくノンフィクション
一時期、学生の就職人気ランキングでも上位になるなど著名企業であったワイキューブ。その設立から倒産までの21年間が語られた1冊。

どのような想いで会社を設立し、やがて経営に失敗したのか。反面教師として学ぶべき点がある内容になっている。


■ワイキューブ設立
ワイキューブを設立したのは25歳の時。何をやって稼ぐかなどは全く考えていなかった。ただ会社員でいるのがイヤだった。創業メンバーは5人。定款には、不動産業からパチンコ店まで思いつく限りの業種を入れた。
しかし、会社を作ったとは言え、ただオフィスで待っているだけでは食べていけないことに気づき、ようやく何を売るか考え始めた。

アメリカで日本人観光客向けの新聞を発行するも、期待したほど広告は入らず、2000万円くらいの借金だけが残った。結局、自分たちの経験のある人材採用の仕事をやっていくことにした。人材関係の仕事をするなら、リクルートが売らない商品をやろうと、入社案内のパンフレット制作と学生に電話をかけて会社案内に呼び込むビジネスを始めた。しかし、電話で学生を動員するには限界があり、売上は1億円くらいで頭打ちになり、社員の給料は22、3万円どまりだった。

40億円の借金

会社を設立して4、5年は売上が思うようには伸びず、借金を抱えていたため、給料も多くは払えなかった。東京に進出し、会社は少しづつ大きくなり始めたが、業績は泣かず飛ばずの状態が続いた。

会社を大きくするため、社員が20人しかいないのに、新卒の学生を2年間で34人も採用した。優秀な人材さえ集まれば、自然に売上は伸びると思っていた。また、西新宿の高層ビルに移るなど、この頃から借金は億単位に膨らんでいった。

2000年、市ヶ谷の駅前ビルに移転。2005年、電話営業ビジネスの限界から開始した、自社媒体の事業に失敗した事から、採用コンサルティングに特化した。採用コンサルティングとは、会社説明会では何を話せばいいのか、どうすれば学生を惹き付けられるのか等、採用活動に関するアドバイスをする。

DMやタクシー広告など、集客の強化に乗り出し、大量のお金をつぎ込んだ。結果、2000年頃の売上7億円から、2003年に15億円、2004年に20億円になった。一方で借入は総額40億円にも上った。ビジネスの世界では投資する金額が大きくなればなるほど、勝てる確率の高い勝負ができると思った。金利さえ払えば、借入は一生返済しなくてもいいくらいの感覚だった。

社長からの脱落

売上のピークは40数億円だった。しかし、利益はどんなに売上が上がった時でも、1億円どまり。ほとんどの利益は使ってしまっていた。利益を残すなら、人やブランドに投資する方が効果があると思っていた。オフィスにカフェやバーを作り、社員の平均年収を2年で400万円から750万円に引き上げた。その分の原資は、すべて借金だった。

2006年頃に新卒マーケットが飽和状態になる。売上が伸び悩むと銀行から借入返済を求められた。2007年、銀行から借入を維持するために、無理をして売上計上していた事実が発覚。これまで黒字だとしていた決算が、10億円ぐらいの赤字だったこともわかった。

リーマン・ショックが最後の引き金を引いた。受注は激減し、2009年の売上14億5000万円と前年の半分。翌年はさらにその2/3。売上が15億円くらいまで下がると、金利1億6000万円を払うことは不可能に近かった。リストラも行い、社員が会社を離れていった。

2011年3月30日。東京地裁に民事再生法適用を申請した。債権者集会の開催と同時期に、自身の自己破産も申請し、許可された。

会社というのは仕事をする場である。利益を上げていく事が、会社が存続していくための前提条件である。その優先順位を見誤っていた。やはり社長には適していなかったのだろう。しかし、一つだけ胸を張って言えることは、自分なりにやり切ったということだ。

 

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