幸福そのものを求める
人生で多くの見返りを得たいなら、自分がよき管理者となって、適切にリスクを取ったりマネジメントしたりするべきである。では、「見返り」とは具体的に何を求めるべきか。求めるべきは、お金、権力、快楽、名声、威信ではない。こうしたものに捉われれば、人間関係は台無しになり、生きる意味を失う。
こうした世俗的な見返りを私たちは自然と求める。それは、進化の過程で「生き残り、種を残すのに有利なものを貯め込みたい」という本能が身に付いたからである。そして、私たちは本能的な衝動に従った方が幸せになれるはずだと思い込む。しかし、本能は私たちを幸せにしようなどとは考えていない。
求めるべき見返りは、幸福そのものである。愛、喜び、満足、意味に注目し、それを増やすような生き方・働き方をすることである。感情や衝動に流されるのではなく、望ましい生き方を常に意識して実践する必要がある。
キャリアに人生を支配されず、むしろキャリアを詰むほど幸福になっていく秘訣は「前進」にある。人間は目的地に着くことではなく、確実に前進していくことで満足感を覚える。幸せになりたいなら、働くことで自分や他者にとってのプラスを少しずつ増やしていけるような働き方をすべきである。
達成よりも前進を重視する
たとえ目標を達成したとしても、思っていたような幸せは手に入らない可能性が高い。夢や目標を持つのは大事である。自分がどれだけ前進しているかを測る物差しになるからである。ただ、本当の幸せは、目標を達成することではなく、前進することから生まれる。これは仕事に限ったことではなく、何事においても、幸福度を上げる効果は「達成」より「前進」の方が大きい。
目標を達成するとかえって問題が起きることすらある。目標が続きのない最終地点である場合、前進が止まるために虚しさを感じる可能性がある。ドーパミンは、報酬が得られそうだという期待感を生み出す神経修飾物質である。目標を達成する前に増え、達成後は激減する。これが「期待の反動」とも言える虚無感につながると言う。
幸せになりたくて1つの大きな目標を追いかけるのは、自ら不幸になろうとするようなものである。大きな目標を達成しても永遠の幸せは得られず、幸せを求めてさらなる欲望にかられ、新たな大きな目標を追い続ける、終わりのないサイクルを生み出す。だからといって、今ある目標を捨てるべきという意味ではない。目標の捉え方、追い方を、次の問いによって変えればいい。
- 過程を楽しんでいるか(最終結果だけを重視するほど目標を達成しても思ったほど幸せになれず苦しむ)
- パイは好きか(良い目標とは、日々が良いものになり、人生の質が向上するような目標である)
- 目の前の1歩に集中できているか(日頃から小さな達成を積み重ねる方が「うまくいく→嬉しい」のサイクルが循環する
成功したければ、幸せを追い求めよ
人は仕事やキャリアにおいて、成功と幸せを求めている。そして、多くの人は目標を一本化して、まず成功を目指し、成功すれば幸せがついてくるはずだと考える。しかし、成功を目指せばそれなりに失うものもある。
成功と幸せの両方を手にいれるためには、順番を逆にする必要がある。成功することで幸せになろうとするのではなく、まず幸せになる努力をすること。幸せになるほど、成功しやすくなる。
研究では、幸福であることは、結婚、友情、健康、収入、業績など、様々な面で成功につながると結論づけられた。理由はいくつか考えられる。幸せな人は魅力的に見えるから、周りから好意的な反応や良い待遇を受けやすい。気分が良いと生産性が高くなる。つまり、幸せそうな人はビジネスでも報われやすいと考えられる。
努力するなら、成功の指標である収入や地位を高めようとするより、仕事や私生活の幸福度を上げようとした方が、結果的に大きなリターンを得られる。何より、幸せにはバランスが欠かせない。どんなに仕事が楽しかろうと、働きすぎは良い人生を妨げる。
仕事量を適正にできたなら、幸せに働くために次に必要になるのが、仕事の意義や目的である。仕事に意義を感じるには、次の2つが重要である。
- 勝ち取った成功感:仕事をうまくやり遂げたという達成感と、その仕事が評価されているという感覚
- 他者への貢献感:自分の仕事が誰の役に立っているかを知っているという感覚
成功と幸福は関連しているが、その作用はほとんど一方向で、大多数の人が思っているのとは逆方向である。幸せになるために成功しようとすれば、良くても遠回りするだけで、悪ければ不幸になる可能性さえある。反対に、幸せになろうとすれば、成功と幸福の両方を叶えられる可能性が最大限に高まる。