私がマッキンゼーを辞めた理由 ―自分の人生を切り拓く決断力―

発刊
2013年7月10日
ページ数
191ページ
読了目安
190分
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マッキンゼー出身として初のお笑い芸人が語る人生の決断
東京大学大学院を卒業し、マッキンゼーに入社したものの挫折。1年4ヶ月で退社し、お笑い芸人の道へ飛び込んだ著者が人生を切り拓くためのアドバイスをしています。


■マッキンゼー入社
当時、学生の人気企業ランキングの上位の会社から受けるようなマジメで、レールから外れる事を自分に許さない、典型的なプライドの高い東大生だった。ほとんどの東大生がそうするように、皆が受ける一流企業を受けた。そして、マッキンゼーというステータスの権化のような超一流企業に受かった以上、行かない選択肢はなかった。

実際に入社して感じたのは、マッキンゼーとは「100m走のスピードでフルマラソンを走るような会社だ」ということ。入社初日こそ同期で飲み会を開いたが、翌日からの研修では帰りが12時近くになる日々。研修は1ヶ月で終わり、5月には航空会社の戦略プロジェクトに配属され、連日夜遅くまで働く日々が始まった。

マッキンゼーでは新入社員であろうと、バリュー(価値)を提供する事を求められる。最初のプロジェクトでは、あまりの忙しさに一杯のコーヒーを買いに行く時間すらなかった。

最初の航空会社のプロジェクトは7月末に終わり、評価も上々だった。しかし、8月になって、社内の調査プロジェクトに入ったが、信じられないくらいに暇で、マネージャーの昇進のための形だけのプロジェクトとして利用されてしまう。

生まれて初めての挫折

2月の半ば、あるクライアントプロジェクトに入る時がやってくる。ドイツから新しくマネージャーが来て、クライアント先で2人きりの日々が始まった。何をするにも、2人きりで日本語ですらよく分からない内容を英語で理解して進めなければならなかった。

分からなくても訊ける相手もいない。マネージャーとはとにかく仕事の進め方が合わず、精神を削がれる毎日。次第に「メール1本打つのに何分かけてるの?」といった調子で日々の1つ1つの行動に対して、1分単位でコントロールされるようになった。

極度に緊張しているため、日中は飲み物以外のどを通らない。しかし、全然食べていないのに、ストレスで週末にまとまって食べるせいか、人生最高体重に到達した。日曜の午後になると呼吸が乱れ、月曜以降の事が心配でどこに出かけても全く楽しむ事ができなかった。完全に病んでいた。

「マッキンゼーでも完璧なキャリアパスを築いていくんだ」という自分への縛りが強すぎた結果、小さな失敗にも怯えいつも小さく縮こまっていた。「頑張ればなんとかなる」で生きてきた私にとって、生まれて初めての挫折だった。

死ぬか、今芸人をやるか

プロジェクトから解放されたが、もうこの会社にはいられないと思った。このあたりから歪んだプライドにしがみついていた意識が変わっていった。「仕事のために生きているわけじゃない。何もやりたい事もやらずになぜ死にたくなっているのだろう。なに『マッキンゼー』だからって振り回されてんの」

本当にやってみたかった事と考えた時に「お笑い芸人」が唯一、明確に頭の中に浮上した。お笑い芸人はずっと「生まれ変わったらやりたい」と思っていた夢の職業だった。ただ、そんな「夢みたいなこと」は、現実の人生で本業としてやるのはいけない事だとずっと思って生きてきたし、本気でやろうと思う事も一度もなかった。

しかし、「死んだ方がラクだな」と感じるまで追い詰められてようやく「どうせ死ぬんだったら、その前に本当にやりたかった事をやろう」という次のステップのヒントが降りてきた。

お笑い芸人になる

「お笑い芸人になる」と決めたものの、「マッキンゼーを辞めてもいいんだ」と自分を説得するのが大変だった。そこで3つの条件の中で1つでも当てはまれば、マッキンゼーに居続けるべきだと思った。

①好きかどうか
②人より得意か
③その先に目標があるか

いずれの答えもNOだった。マッキンゼーのオフィスからお笑い養成所をネットで検索して資料を取り寄せ始めた。そこでワタナベエンターテインメントのお笑い養成所に秋開講のコースがある事を知り、素人限定オーディションを受けにいった。人生という一度のチャンスをものにするためには、自分から動かないと始まらない。

 

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