人生の意味とは何でしょう?
・ジェーン・グードル(霊長類学者)
人生の意味とは何かに答えられるのは創造主だけ。私の人生に意味があるなら、おそらく死後に他者によって判断される。
・ヘレン・シャーマン(宇宙飛行士)
人生には普遍的な意味などない。私たちは様々な組成の化学元素の一時的な集合体であり、一連の複雑な相互作用の秩序ある結果として存在しているだけ。生命全般に意図された意味などあり得ない。生命はただ起こるだけだ。
個人がそれぞれに見出す人生における意味は、目的意識を持つことが助けになる。明確な目的を持って行動し、その行動が人々や世界に何らかの影響を及ぼした時に感じる充足感が「人生の意味」の定義である。
・アストロ・テラー(グーグルX共同創設者)
人生を楽しむためには、自分で人生に意味を与えなくてはいけない。上から与えられるのではなく、自分自身で意味を与えれば、人生は実りあるものになる。
・リジー・カー(環境NPO創設者)
意味や目的、充足は、決まった終着点ではなく、流動的で、本質的に個人的で、人生の思いがけない浮き沈みを経験するうちに変化するものだ。私たちが意味や目的を探すのではなく、意味や目的の方から私たちを探してくれる。
・ロバート・ウィンストン(生殖医療学者)
「Life」とは、かなり具体的な意味を持つ4文字の単語である。しかし、人生についてこのような文脈で語るのは、人間存在に何らかの意味や哲学的意味があることを示唆しているようで、それはやや無意味に思える。人間が生きる意味には、クジラやアリ、樫の木などが生きる意味と比べて、本質的な違いはない。
・ヘンリー・マーシュ(脳神経外科医)
人生経験を通じて、「他者」を幸せにすることこそが人生最大の幸福である。少なくとも、それに比べれば他の喜びはすぐに色褪せてしまう。
・ヒラリー・マンテル(歴史作家)
人生に普遍的な意味があるのかどうかわからない。だが、人生に意味があると決めれば、人生に明確な目的を持たせることができる。そして、その目的を成し遂げようとする努力が、意味を生み出す。
・ピコ・アイヤー(エッセイスト)
人生の意味は、人と共に生きることから生まれる。ダンス、絵画、料理やバイオリン演奏など、何をする時であれ、自我を離れて他者に働きかける時に意味が現れてくる。
・スーザン・ポラック(ホロコースト生還者)
人生とは、可能性に満ちた検索エンジンのようなもの。そこで自分に価値があると感じさせてくれる存在意義を見つけることで、自尊心という見返りを得ている。
・トム・ターシッチ(徒歩世界一周冒険家)
「人生の意味とは何か」という問いに答えられる立場にあるのは、戦争や飢饉、病気に振り回されずに、自由に思索する余裕があるほど恵まれた、先進国の頂点にいる男女である。恵まれた立場から、たった1つの考え方を万人の一般解として押し付けるのは傲慢というものだ。人間の価値を測る唯一の持続的な基準は、その人が手に入れた幸せであり、その人が与える幸せである。
・クリス・ユーバンク(元ボクシング世界王者)
「人生の意味とは何か?」という質問それ自体が、前提として間違っている。社会は、人生の意味を見つけなくてはならないという間違った前提によって大衆を惑わせてきた。人生が自分に与えられた「贈り物」だと理解するまでは、人生の意味を知ることなどできない。
・ジョン・メイヤー(元イギリス首相)
もし何もすることがなく、個人的な関心や人とのつながりもなく、金銭目的の動機しかなければ、幸せになれるはずがない。私たちには皆、大なり小なり何らかの目的が必要である。そして、目的こそが人生に意味を与えてくれる。
・ローワン・ウィリアムズ(元カンタベリー主教)
キリスト教徒として、神からの贈り物である生命そのものに意味があると信じている。つまり、生命は、神の美しさを多少なりとも表すために存在し、また知的な生命の場合は、神の溢れ出る無私の愛を多少なりとも表すために存在する。
・マーク・スティーヴンソン(フューチャリスト)
幸福とは、自分よりも大切な何かを見つけて、それに人生を捧げること。そこにこそ、人生が与えてくれる意味が見つかる。
・チャールズ・デュヒッグ(ピューリツァー賞受賞記者)
人生の意味なんて知らなくていい。このすべてに何の目的があるのかなんて、知る必要はない。ただ健康で安全で幸せでいられること自体が、驚きと畏敬の念と謙虚な気持ちをくれる贈り物である。
・マット・リドレー(科学ジャーナリスト)
ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックが、DNAの二重螺旋構造を発見し、生命の秘密が実はごく単純なものだということを明らかにしたことほど、重要な科学的発見はない。無限の可能性を持つこの情報は、たった4種類の文字で書かれ、自己複製することができる。