つながりが大切な時代に
企業や事業の寿命が短くなる中、個人は生涯労働による自立を強く求められている。自己責任で、自ら生計を立てなければならないならば、労働者間の競争も激しく、余裕がなくなることが想像できる。不安や焦燥感からくる転職も増えるだろう。
一方、こうしたメリトクラシー(能力主義)という社会原理は機能不全に陥りつつある。それは、企業組織が能力を規定できない状況になりつつあり、能力主義を支える基盤が崩れ始めているためである。
行き過ぎた能力主義の環境下における「自立」には限界があり、既に、多くの社会人にとって勝ち負けの二極化が深刻に進行している。「自立」のために最も大切なことは、人と人の「つながり」である。つまり、社会関係資本である。頼れる人がいて、頼ってくれる人がいること。この信頼と絆が「つながり」である。「つながり」は、人の尊厳を守るための基礎となる。
これからの時代、社会や企業が個人に対して「自立」を要請するならば、「つながり」を支える機関が求められるようになるはずである。この重要な役割を担うのが「人事」である。人事の普遍的な価値に立ち返るならば、人と向き合い、不安を緩和し、個人の自立を支える活動のためにテクノロジーを駆使する発想にたどり着く。もはや、労働者をかき集めて、自社のためだけに活用する人事活動は時代遅れになり、人と人の「つながり」を支えることが求められるようになるだろう。
これからの人事の役割
パンデミックによるニューノーマルの経営環境では、昨日と同じ今日が来るという「安定」ではなく、明日は何が起こるかわからない「変化」が前提となる。そうなれば、ダメージからの回復力であるレジリエンスや柔軟性が求められる。
レジリエンスや柔軟性は、人と人の関係性から生まれる。大切なことは、異文化が触れ合う環境をつくり、働く人の自発性を促し、人間性を回復した個人がつながり合う企業組織のソフト面である「つながり」である。今や、誰もが生命と向き合い、家族を守ることを一義とする生活という現実に向き合いながら働くことになった。仕事と生活を分離できない状況下では、つながりや絆を抜きに働き掛け合うことは困難である。企業は、そのための一助となれるかが問われている。
こうした厳しい状況で人事が問われることは、いかなる状況にも柔軟に対応し得る組織をつくること、個人間がつなが李、支え合う互助のネットワークを形成すること、そして自立する個人を支援することである。
オールドノーマルでは、ハード面の人事こそが大事だった。わかりやすく企業目的に対する組織機能を定め、機能を果たすための能力を発揮させる。そのために、人材能力を査定・配置・評価し、計画通り能力を発揮する管理を行うという機能である。しかし、これは変化が予測可能で、安定的な環境下だから最重要だった。
ニューノーマル下では、予測不能で、想定外の変化への対応や柔軟性の重要さが増している。そうした局面ではハード面以上に、ソフト面が重要になる。人事の役割は、柔軟な組織づくり、互助ネットワークの形成、自立する個人のサポートに変わる。これは、人と人の「つながり」に重きをおく新しい人事と言うことができる。
パンデミックの危機下において多くの企業の人事は、最新の注意を要する厳しい状況にある。だからこそ、組織のハード面(組織機能の構造)だけではなく、ソフト面(人と人との信頼関係)に心を配ることが大切である。あらゆる状況において、最後まで思いやりを持った対応を尽くすことが大切である。
自立した個人を支えるために、つながりを支援する
HRという経営の根本概念を人的資源管理から「人と人とのつながりの支援」に転換する「ヒューマン・リレーションシップス」という新たな概念は、危機において人事のあり方を見つめ直した結果、再認識できた人事の英知である。通常のハード機能では、労働力を社内や部内に「留め」、分業で「閉ざし」、管理しやすい単位に関係を「断つ」ことで効率を求める。
人間中心に適応したソフト機能では、必要に応じて人材を「移し」、共通財産として人の意識を「開き」、ネットワークとして人材を「つなぐ」。今、求められる人事機能は、変化への柔軟性を高め、臨機応変に環境適応できる人と組織を育むことである。