世界を感知する
アーティストとは1つの生き方だ。世界を感知する方法であり、意識を向ける行為だ。微かな音にも波長を合わせる(チューン・イン)ことができるように感度を研ぎ澄ませること。自分をひきつけるものや、自分を遠ざけるものを探すこと。自分の中にどんな感情が生まれ、それが自分をどこへ導いていくかを感じてみること。
この宇宙はクリエイティブな現象が果てしなく現れてくる玉手箱だ。この玉手箱の中では、アイデアや思いつき、テーマや歌、その他のアート作品が目に見えない形で存在していて、それがスケジュールに則って熟していき、物質世界で表現されるのを待っている。その情報を引き出し、目に見える形にしてみんなと共有するのが、アーティストの仕事だ。
私たち自身がクリエイティブなアイデアを探るアンテナのようなものだ。信号には強く発信されたものもあれば、微弱なものもある。私たちはいつも五感を使って世界中からデータを収集している。しかし、高い周波数で発信された情報は、物理的に捉えることのできない、エネルギーを受信するチャンネルを使って受け取っている。この信号をキャッチするには、探さないことだ。そして、キャッチするための予測や分析もやらないことだ。その情報が入ってこられるオープンなスペースを自分の中に作った方がいい。
自分の周囲や内側に気づく
私たちは日々の活動において、課題を選択し、目標を達成するための戦略を練っている。そのプログラムは私たちが作っている。
アウェアネス(気づき)というのは、それとは違う動きを見せる。アウェアネスは、今この瞬間、自分の周囲や内側で何が起きているのかを、私たちに気づかせてくれる。接触や関与を抜きにして、それを可能にしてくれる。体感で察したり、考えや感情が脳裏をよぎったり、聴覚や視覚に刺激を受けたり、匂いや味を感じたりする。
アウェアネスという理性的な感覚を通じて、私たちは主観に影響されることなく、観察することで、すべてのことをより深く知ることができる。アウェアネスに重要なのは粘り強さだ。その状態になろうとする積極的な姿勢だ。
ソースの中身にレッテルを貼った瞬間、それはもう気づいている状態ではなくなり、知っている状態になっている。それはアウェアネスの状態から引き離す、すべての心の働きにも当てはまる。分析というのは二次的な心の働きだ。その前にまず、注目する対象と純粋なつながりを持つアウェアネスの状態がある。理解はそれより後のことになる。
気づきの対象を変化させることはできないが、気づく能力を変化させることができる。外界からより多くのものを感じるために自分の内面を静めることもできるし、自分の内面で起きていることにもっと気づけるようにと、外界の方を静めることもできる。アウェアネスの範囲を広げることは、私たちが創造に使える素材を増やすだけでなく、私たちの生きる人生を広げることにもつながる。
クリエイティブとは何か
私たち1人1人の中に容器があって、それは常にデータで満たされている。そこに入っているのは、私たちの思考、感情、夢、この世界で体験したことのすべてだ。
情報が器の中に直接入ることはない。私たちはみんな独自のフィルターで情報を濾過し、ソースの削減を行っている。メモリーの容量が限られているからだ。私たちは、重要な情報にフォーカスして、それ以外のものを無視することを、人生の早い段階で学習する。
フィルターに入ってくるデータを自由に通過させず、それを解釈する作業を行うので、ソースになる情報は必然的に少なくなる。そうやって加工された情報の断片が器を満たしていく内に、すでに収集されていた素材との間につながりが生まれてくる。そのようなつながりから色々な考えや物語が作り出されていく。
アーティストは、それらの物語を丁寧に維持し、要領に限りのある私たちの信念体系の中に、この大量の情報が収まるだけのスペースをなんとか確保しようとする。取り込んだデータが生に近くて加工の度合いが小さいほど、私たちはより本質に近づくことができる。
クリエイティブな行為とは、私たちの器の中にあるすべてのものを材料と捉えて、その中から役に立ちそうなものや大きな意味を持っていそうなものを選び出して提示することだ。本、映画、建築物、絵画、料理、ビジネス、私たちの手がけるプロジェクトがどんなものであろうと、それは私たちの中にあるソースから引き出されたものだ。
私たちが作品を作るための素材は、会話、自然、偶然の出合い、既存のアート作品の中など、周囲のあらゆるところに潜んでいる。クリエイティブな問題を解決する方法を見つけたい時は、身の周りで起きていることに目を向けてみることだ。新しい切り口や今あるアイデアをさらに発展させるための手がかりを探してみることだ。