テクノロジーの進歩がもたらす課題
テクノロジーの能力が高まり、テクノロジーを活用する人たちの目的が変わって、人間の労働の代替と増強が進む結果として、仕事の性格は大きく変わる。向こう数十年の間に、雇用とキャリアを取り巻く状況は大きく変わっていく。テクノロジーが進歩していることを考えると、1種類のスキルで職業人生を乗り切れるとは考えにくい。それに、テクノロジーは企業の世界も大きく変えている。今どこかの会社に就職したとしても、その会社が自分の引退まで存続するとは思えない。
人間の発明の能力は、驚異的なテクノロジーを生み出すだけでなく、平均寿命も大幅に上昇させてきた。その結果として、人生の長さと人生のステージに関する常識も変わり始めている。政府と個人が長寿化の影響に対処する上で、技術的発明の成果が個人と人類全体の運命の改善につながる環境をつくるための「社会的発明」が切実に必要とされている領域が3つある。
①老後資金の確保
多くの人が65歳までに仕事の一線を退く場合、65歳以上の人の割合が高まれば、その国の経済成長は減速する。「どのくらいの年齢まで働くか」「老いるとはどのようなことか」について新しい考え方を形づくり、企業が根深い固定観念を捨て、高齢の人たちの能力と意欲に関する思い込みを改める必要がある。
②医療の提供
人が年齢を重ねるにつれて、医療費支出は増えていく。特に60代後半以降、医療費支出は急激に増加する。社会が高齢化するにつれて、疾病負荷を生む主たる原因は、感染症から加齢による病気へ移っていく。それが医療費に及ぼす影響は大きい。目指すべきなのは、人々が心身ともに活動的に生き続けるのを助ける方法を見いだすことだ。
③世代間の公平
多くの国では、政府の政策が長寿化を前提としたものに変わり始めている。年金受給年齢が引き上げられたり、年金支給額が減らされたり、税負担が増やされたりしている。問題は、現在の高齢者の年金予算を賄うために若い世代の税負担が増やされているが、今日の若者が高齢者になった時には、今ほど手厚い年金を受け取れないのではないかと考えられていることだ。
人生のあり方を設計し直す
テクノロジーが進化し、長寿化が進展する中で、旧来の働き方、キャリアの道筋、教育や家族のあり方は、ますます持続不可能に見え始めている。そこで、これまでの行動を変える必要がある。
今人生のあり方を設計し直す必要があるとすれば、その再設計の土台となる原則はどのようなものか。満足のいく生活水準の確保と人間としての可能性の開花の両方を可能にする社会的発明を実現させる必要がある。次の3つの要素に着目することにより、問題への有効な対処法を導き出すことができる。
①物語
自分の人生のストーリーを紡ぎ、そのストーリーの道筋を歩むこと。それは、人生に意味を与え、人生で様々な選択を行う際の手引きになるような物語でなくてはならない。具体的には、以下の問いに答える必要がある。
- 私はどのような仕事に就くのか
- そのために、どのようなスキルが必要になるのか
- どのようなキャリアを築くのか
- 老いるとはどのような経験なのか
人生のストーリーを歩む上では「ありうる自己像」を掘り下げることが重要になる。テクノロジーの進化により、人が生涯の間に経験する移行の回数も増えていく。移行と移行の間隔が短くなれば、必然的に新しい人生のストーリーが必要となる。長い人生を生きるためには、人生の選択をもっと慎重に行う必要がある。
②探索
学習と変身を重ねることにより、人生で避けて通れない移行のプロセスを成功させること。以下の問いに答える必要がある。
- 長寿化によりキャリアの選択肢が広がる中、どのように選択肢を検討するのか
- そのために必要なスキルは、どのようにして身につけるのか
- どのような変化を試みて、これまでより多くの移行を経験する人生をどうやって歩んでいくのか
人生で経験する移行の回数が増えるのに伴って、探索と学習を行い、新しいスキルを習得することの重要性が高まる。新しい行動を実験することへの抵抗感もなくす必要がある。自らの「ありうる自己像」を探索し、様々な選択肢を検討しなくてはならない。そのためには、好奇心と勇気が不可欠だ。
③関係
深い絆を育み、有意義な人間関係を構築して維持すること。以下の問いに答える必要がある。
- 家族のあり方が変わりつつある状況に、どのように対処するのか
- 子供の数が減り、高齢者の数が多くなる世界は、どのようなものになるのか
- 世代間の調和を実現するために、私や他の人たちには何ができるのか
人生の幸福感と満足感に大きな好影響を及ぼすのが、深くて豊かで長期間にわたる友情だということが研究により明らかになっている。人は他人との関係を通じて、帰属意識を抱き、自分が評価されているという感覚を味わえる。