現実世界はSF化していく
私たちはテクノロジーの変化が加速していく時代に生きている。「現代よりも先の世界」を積極的に描き出し、問いを次々と先取りしていかなければ、議論が間に合わない時代である。現実化する前に、変化に対して備えなければならない。そこで必要とされるのがSFだ。
あらゆるフィクションの中で、SFほど現実に影響を与えたジャンルはない。世界の巨大IT企業の創造者、経営者たちは、SF作品を読み、SF的に思考する。熱心なSF愛好家として知られるイーロン・マスクは、作品、作家が自分の人生に影響を与えたと、たびたび語っている。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスも、SFからビジネスのアイデアを得ている。SF作品は、彼らのいわば「聖典」であり、頭の中を覗くための重要な材料となり得る。私たちは、この社会でサバイブしていくために、彼らが想像する「世界」の一端を知ることは、重要になる。
仮想世界・メタバース
SFでは、『ニューロマンサー』をはじめ、仮想世界が繰り返し描かれてきた。中でも『スノウ・クラッシュ』は、大衆向けにVR機器メーカーの最大手であったオキュラスの創業者らをはじめ、数多くの起業家、技術者に影響を与えている。
- 『ニューロマンサー』
「サイバーパンク」という新しい時代を作ったSFである。サイバーパンクが描き出すのは、コンピュータ・ネットワークによって管理された、暴力的で退廃した未来社会。「サイバースペース(電脳空間)」という言葉も、この小説を通じて一般に広まった。当時は、インターネットの概念は、まだこれから形作られそうとしている段階。その先にあるものを描き出していた。 - 『スノウ・クラッシュ』
仮想世界「メタバース」という言葉を初めて用いた。「メタバース」が楽しげに、世界をポップに変えるものとして描かれ、世界を自分の好みに沿ってつくり変えていく快感と楽しさが描きこまれている。現実がいくらしょぼくれていても、メタバース上では自分が好きなようにプログラミングすることで、世界の構築に参加でき、自分の姿をつくり変えることができる。
人工知能・ロボット
フィクションで描かれる人工知能も「最初は従順に人類に従っているが、次第にアルゴリズムの暴走などによって人類に敵対的な行動をとるようになる」ことが多い。そして、そこには重大な倫理的課題が潜んでいる。
- 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
映画『ブレードランナー』の原作として、後世のSF作品のヴィジュアルに圧倒的な影響を与えた。本作を名作たらしてめているのは、「アンドロイドと人間を判別する」プロセスを通じて、果たして両者にどれほどの違いがあるのかを問いかけてくるところにある。その先にあるのは「人間とは何か」という問いだ。
2020年代の今、私たちはもはや、チャットやSNS上のやりとりだけでは相手が人工知能なのか人間なのかにわかには判断できなくなっている。1960年代には絵空事でしかなかった問いかけが、急速に大きな意味を持ちつつある。 - 『われはロボット』
本作で提唱された「ロボット工学の三原則」は、ロボット運用の基本原則として、後のロボットSFはもとより、現実のロボット開発や人工知能の倫理論争に多大な影響を与えている。作者のアシモフは、ロボットが人間の日常に溶け込むとはどういうことなのか、そこにはどのようなルールが必要で、どのような問題が起こりうるのかを、様々なシチュエーションを通して仔細に検討してみせた。
三原則は完全無欠な原則でもなく、むしろ穴だらけで、だからこそ様々な形で問題を提起する。だからこそ、多くの人に思考のきっかけを与えている。
不死・医療
現実とSFを繋ぐキーワードとして欠かせないものに「不死」と「医療」がある。人類は老いを克服し、不死に至ることを長年追い求めてきたが、依然としてその願いは達成されていない。だからこそ、その願いはフィクションの中で繰り返し描かれてきた。
現実の世界でも、不死を可能にするかもしれない医療の研究は着々と進んでいる。近年、老化に関する研究が進んだことで、長寿遺伝子の働きを活性化させる方法が次第に明らかになりつつある。
- 『透明性』
2068年頃の近未来を舞台に、もし「人間を不死化する技術」を一企業が握ったら、その企業がどれほどの権力を握ることになるのかを描き出した小説。
現在、既にGoogleやアマゾンの研究開発費は200億ドルを超えており、その内15億ドル以上が不老不死に費やされていることが知られている。これから先、不老化や不死化の技術が政府や大学の研究機関ではなく、民間の一企業から出てくることは多いにあり得るだろう。 - 『円弧』
長命化技術が登場したばかりの社会で、その最初の被験者となった女性の人生を描く小説。健康な状態で100歳、200歳まで生きられるようになったら、その時人は何を思うのか。一人の人間の内面や葛藤を描き出す。