人的資本経営とは
近年「人的資本経営」という言葉がメディアを賑わすようになった。コロナ禍や国際紛争、気候変動、労働人口の減少、終身雇用制度の崩壊などによって、ビジネス環境が大きく変化したことで、企業における「人」の価値が、その企業の命運を左右するほど重要になってきている。
人的資本経営がこれまでの経営と大きく違う点は「従業員を資本として見る」こと、つまり「人材を資源(コスト)から資本(投資対象)へと考え直す」ことにある。
人的資本経営とは、要するに「どうやって気持ちよく働ける環境を作るのか」ということである。その根幹となるのは、次の3つである。
- 企業の存在価値である「ミッションやビジョン」「パーパス」に社会的な意義があると感じられること
- 好きな仕事や得意なことで前向きにチームに貢献できること
- 働き続ける上で、精神的にも肉体的にも健康であり続けられること
給与を上げて生産性を高めることの両立が必要
人的資本経営では「従業員エンゲージメント」という概念が取り入れられている。この概念は、1990年代の米国で生まれた。それまで多くの米国企業は「従業員満足度」をKPIにして経営を行なっていた。しかし、給与や福利厚生など、単に従業員が望むものを与えているだけでは、必ずしも生産性は向上しないことがわかってきた。そこで、従業員満足度に加えて、経営戦略への共感度や忠誠心、仕事へのモチベーションなどを測定するようになった。その指標がEmployee Satisfaction(ES)である。このESの値が高い企業ほど業績も良いという相関関係が報告されている。
ESの世界平均は20%なのに対し、日本は5%とはるかに低い結果となっている。この1番の理由は、年功序列やメンバーシップ雇用に固執し、若手の「給与」が上がらないからである。
気持ちよく働ける環境において「給与」は最重要テーマである。従業員を「費用」としてのみ捉えていると、利益率を向上させていくことに対し、その先に回答はない。ひたすら「人件費をカットする」「低賃金で雇い続ける」ことになる。
「給与」において「前向きな環境」を作るためには「売上高の成長率よりも低い人件費の増加率」を維持しながら、「毎年、平均給与を上げ続ける」ことである。この2つの条件を実現するためには、従業員を「資本」として捉え、「人」に投資し続け、従業員が新しい仕組みで機能できるよう成長させ、生産性を高めていく必要がある。
採用し、入社した後はOJT中心の教育体制で、世の中の変化についていけていない社内文化のまま、硬直化した仕組みの中で競争に勝ち続けようとすれば、従業員は重なる心労によりメンタルをやられ、身体も疲弊し、そして休職や離職をするというループに陥る。
採用した社員が時間をかけて活躍できるようになったところで離職することは、大きな機会損失に他ならない。離職率を改善するだけで、生産性は向上し、結果的に利益率は改善する。人的資本経営を実行し、人を「資本と捉えて投資する」というマインドチェンジをしないと、永遠にこの負のループは続く。
従業員のLTVを高める鍵は離職率を下げること
人的資本経営のコアの考え方は、いかにして従業員のLife Time Value(LTV)を最大化するかである。LTVの利益の源泉は、従業員1人あたりの売上総利益である。それが何年続くかがポイントになる。離職率は10%であれば、「従業員1人あたりの売上総利益×10年」がLTVになる。
投資対効果を見るためには、投下コスト=戦力化コスト(CPA)を考える必要がある。投下コストは、1人あたりの採用費用と戦力化までの費用になる。LTVをCPAで割ったものが、その人への投資対効果(ROI)となる。
投資対効果(ROI) = 従業員のLTV / 戦力化コスト(CPA)
人的資本経営の大きな目的は、このROIを最大化することになる。そのための方法は、次の3つしかない。
- 粗利を増加させる
- 離職率を下げる
- 戦力化コストを下げる
離職率を下げるには、働きやすい職場作りが必要である。働きやすい職場とは「信頼できるチームメンバーが多数おり、心身の健康を害さない環境であること」である。エンゲージメントや労働安全衛生の取り組みに該当するが、シンプルに離職率や休職率の推移を見れば。「働きやすい職場か否か」がわかる。
評価基準の明確化が不満を減らす
ただ給与や報酬を上げれば、良い人材を獲得でき、定着できる可能性が高まる、ということはない。一定水準は必要だが、それよりも重要なことは、共感できる会社のミッション、ビジョン、そして個々人のミッション達成方法の明確化、いわゆる明確な評価基準である。
評価制度は、業績連動型、MBO、OKR等なんでも良いが、重要なのは「明確であること」である。なぜなら、多くの人が抱えている評価制度に対する不満が「評価基準が不明確」だからである。評価基準が明確であれば、本人や周囲も納得しやすくなる。