ナイアンティックの始まり
ナイアンティックは2010年、米グーグル副社長でそれまで「グーグルマップ」のチームを率いてきたジョン・ハンケが、グーグル社内のスタートアップとして立ち上げた組織である。2015年にグーグルから独立を果たし法人化した。
立ち上げ当初の名称は「ナイアンティック・ラボ」。全く新しい位置情報を活用したサービス開発を目指したラボ(研究室)だった。社名の由来は、かつてゴールドラッシュの際に人々をカリフォルニアに運んだ船「ナイアンティック号」から来ている。
ナイアンティックが最初に作ったのはゲームではなく「フィールドトリップ」というアプリだった。世界400以上の出版社やメディアと提携し、現在いる場所の周辺にある「訪れる価値のあるところ」に関する記事をカード型の情報としてまとめて、スマホに自動的に表示させるものである。例えば、六本木を歩いているとスマホにカードが現れて、六本木ヒルズの隠された歴史を教えてくれる。インストールをしているだけで、タイミングが合えば、その場所を訪れる体験を高めてくれるものだった。
しかし、当時の技術では「ユーザーが今何をしているのか」を正確に把握することは難しく、常に理想的なタイミングで情報を見せることは大きな課題だった。また、初めて訪れた場所では常に立ち上げたくなるアプリだったが、日常の中で外へと人を動かす力を持たせることもデザイン上の挑戦として残った。
ゲームの力を「人を外に出す」ために使えないか
「どうしたら人を動かす強い力を持たせることができるのだろうか」
そのヒントは、ジョンが休日に家で休んでいる時に見つかった。彼の息子が家のソファでずっとゲームをしている。外はカリフォルニアの素晴らしい晴天なのに、1日中、家にいる。ゲームの力を外に出すために使えないだろうか。グーグル創業者のサーゲイ・ブリンがジョンにいつか話していた「グーグルマップでゲームができたら面白いよね、東京タワーをゴジラになって崩したりさ」といった言葉がその着想を後押しした。
そこから生まれたのがARゲーム「イングレス」である。イングレスは現実世界を舞台にした陣取り合戦ゲームだが、大きな特徴は、陣地を獲得するためには、実際にその場所へ行く必要があること。世界中の文化的な場所、銅像や石像、個性的な建物、神社や教会などが「ポータル」と呼ばれる拠点となり、プレーヤーは「青」と「緑」の2つの陣営に分かれてそれを奪い合い、ポータルをつなげて人ちを獲得、広げていく。GPSを搭載したスマートフォンを使い、地球そのものをゲーム盤にして遊ぶ。
ゲームの力を活用して世界中で人々を動かすことに成功し、世界200カ国で2500万以上ダウンロードされ、9年経った現在も進化を続けている。日本では文化庁メディア芸術祭でエンターテインメント部門大賞を取った。
人が外に出れば、世界は変わる
ナイアンティックのアプリは、現実世界があらかじめ持っている力を、仮想に存在感を与え、プレーヤーの想像力を空高く飛ばす滑走路として借りている。想像力を引き出すためには、「仕組み」と工夫がある。現代の3DアニメーションCGは、精巧に作られているせいで想像力の入り込む隙間がなく、ほんの些細な動きの不自然さが全体のリアリティーを失わせてしまうことがある。
しかし、ドットで描かれたポケモンの静止画は、そのポケモンの特徴をよく伝える一瞬の迫力で止められていて、そこからはそれぞれのプレーヤーの想像力に委ねられている。その人のイマジネーションが生み出す「像」は、その人にとってとても自然で、強力なリアリティーを持っている。イメージは、想像力を引き出すトリガーとして大切な役割を果たす。ARでも、それが大切である。
「イングレス」や「ポケモンGO」では、人が場所やモノに感じる「感覚」を可視化させようとしている。街や地球、地形、パブリックアートの創造的な力など、世界の持つ様々な魅力がプレーヤーの想像力を引き出し、仮想の存在にリアリティーを補完する役割を果たしている。
スクリーンの前で一歩も動かなくても地球のどこにでも行ける「グーグルアース」や「ストリートビュー」を作り上げた後でジョンが辿り着いたのは、スクリーンの前から立ち上がって、スニーカーを履いて街へ飛び出し、人の精神に良い影響を与えてくれる場所へ、実際に行ってもらえるようにテクノロジーの力で背中を押すことはできないだろうか、という挑戦だった。
「人が外に出れば、世界は変わる」
その強い思いが、「フィールドトリップ」「イングレス」「ポケモンGO」「ハリーポッター:魔法同盟」の根底に流れている。ナイアンティックは仮想ではなく、現実世界で、その場所で得られる体験を高めて、ユーザーが実際にいる世界の素晴らしさを「思い出す」きっかけを作り、人々と世界がもう一度つながり合う未来を目指している。