牛肉の秘密
牛肉は米国産のショートプレートを使っているが、最初は国産牛肉だった。一時期、吉野家は練馬で肉屋もやっていた事がある。北海道に牧場を取得して牛の肥育を行っていた時期もある。
ショートプレートのバラというのは、アメリカでは加工用の素材として安価な商品だった。吉野家はそういうものを買ってきて、工場でサイドの筋を落とし、表面の脂を削って、スライサーの幅である9インチ(約23cm)に切り分けた。これを規格にした。
スライサーで切る牛肉の厚さは1.3mmというのが規格。これは現場の経験則から生まれたものでずっと変えていない。但し、季節によって牛肉の質が変わる事もあるので、その都度0.1mm単位で食感テストをやっている。煮上がった時、どの厚さが最も食べやすいか常に研究している。
仕入れの規格をつくり品質を安定化させる
米国産のショートプレートを使うようになったのは、コストの問題というより質の安定の問題。国産のショートプレートではバラつきが大きく、味をはじめすべての標準化に無理があった。ショートプレートにこだわったのは、脂身とまろやかさが最適だから。
ショートプレートが規格化され、米国産牛肉として商品化されるのは初めてだった。それまでは加工用とかにしかならなかった。だから相当安いコストで調達できた。牛肉で最も需要があるのは、背中の部分のロイン系。その最大の需要に合わせて牛を肥育するが、そうするとショートプレートは余る。だから買い手市場になって、コントロールがしやすかった。
しかし、規格の性能が高いため、汎用性を持って需要がパーッと広がっていった。優れたものを作ると、需要が増えて、いい値段をつける買い手があればそちらに供給される。近年は、米国産牛肉の値段は高騰している。理由は、アメリカ国内の干ばつによる牛の頭数の減少。もう1つは、アジアの需要増である。中長期的には、中国をはじめアジア各国では、それまで牛肉を食べてこなかった人々がどんどん食べるようになる。それは当然、需給の逼迫要因になり得る。
やはり、重要な鍵は厳密なスペックを決めること。商品に一番適合するように、品質も素材の特徴も価格も量も厳密に仕様を決める。そして、そのスペックに合うようにきちんと相手に要求すること。これが吉野家の特徴的な強みである。だから、商品開発の際、一番最初にやるのが取引の仕様書を作ること。外食産業では案外、そうせずに相手任せで買っている事例が多い。
280円からの脱却
牛丼の原価は、時期によって異なるが40%は超える。牛丼の売価に占める牛肉の原価は大きいので、干ばつなどで牛肉の値段が上がると、収益に対して影響を与える。円安よりも、アジアなどへの大量流入の方が価格への影響は大きい。だからその相場の上がり方の方が為替よりはるかに大きかった。
2013年4月に牛丼並盛を380円から280円へ一気に下げた。そして同年12月に牛すき鍋膳という新メニューを登場させた。しかし1年後の2014年4月には、牛丼並盛を300円に上げた。
当時、世間では「280」という数字が安さの象徴というか陳腐な記号化されたイメージで固定化されていた。だから、早く200円台から脱却したいと思っていた。為替も円安に振れて牛肉も高くなっていた。それに消費税の増税時期のタイミングを逃すと、200円台からの脱却がしにくくなる。
それに合わせてクオリティアップに取り組んだ。熟成肉もその1つ。あるいはたれの素材の質を上げたり。こういう事は今の時代の要請に合っているはずだと、だから価格を上げる際にメッセージとして伝えた。