アート脳

発刊
2024年7月1日
ページ数
440ページ
読了目安
582分
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アートが心や体に影響を与えるメカニズム
アートや美的経験が、心や体に影響することを研究する「神経美学」の主要概念と、事例を紹介している一冊。
アートや美的経験といったものが、脳に影響を与えるメカニズムを解説しながら、それを活用することで、最終的には幸福度を高めることにつながると言います。

アートを医療現場に取り入れる試みや、アートによって寿命が伸びるなど、アートが健康や幸福感に与える様々な影響を知ることができます。

アートや美は心や体に影響を与える

アートは喜びだけでなく、インスピレーションや幸福感、知識、救済まで与えてくれる。アートが生存のために必要不可欠であることは、科学的にも証明されている。アートには、体とメンタルヘルスに関わる健康上の深刻な問題に働きかけ、驚くべき効果を発揮する力がある。さらに、学習し、持続的な幸福を得る手助けもしてくれる。

 

アートや美学が人間にもたらす影響が研究され、アートが持つ力の認識や解釈を根本的に変えるような学術分野が、神経美学である。神経美学には、次の4つの主要概念がある。

 

①神経可塑性

神経可塑性とは、脳が常に神経のつながりを形成し、再構築し、回路を配線し直す能力のことである。脳には約1000億個のニューロンが存在する。その1つ1つは、シナプス伝達によって約1万個の他のニューロンと結合している。人には1000兆個ものシナプス結合があり、脳の至るところで無数の回路をつくり出している。この回路は体の動作や感情、記憶など、ありとあらゆる行動を支えている。記憶したり、学習したりする時、脳ではあるシナプス結合が強化される一方で、別のシナプス結合は弱められる。そうすることで、以前は存在しなかった新しい回路が刻まれ、記憶が符号化される。

 

シナプス同士が結びついて回路を形成するかどうかは、感覚刺激の強さに依存する。強力なシナプス結合は、経験の「サリエンシー(顕著性)」を反映する。脳は、自分には無関係だと判断したインプットは遮断し、関連があると判断した事柄にのみ注意を集中させる。サリエンシーがあるものは、実質的に重要か、感情的に重要かのどちらかである。これが記憶の形成を調整している。

大きなサリエンシーを得る主要な手段として、アートと美的経験がある。アートや美は、文字通り脳の回路をつなぎ直すことができる。

 

②豊かな環境

脳は時間と共に変化する。その変化を促す主要な刺激は生活環境である。人が構築した環境は、時と共に個人にもコミュニティにも大きな影響をもたらす。豊かな環境ではポジティブな成果が見込まれ、貧しい環境では健康や幸福がゆっくりと蝕まれていく。

究極に豊かな環境は自然である。自然は最も美しい場所であり、それは私たちが生まれた場所であるからに他ならない。自然界を模倣する色や形、匂い、模様、触感、視覚を用いて感覚を活性化することができる。

 

③美の3要素

美的瞬間は、次の3つの要素が結びつき形成される。

  1. 感覚運動系:五感を介して取り入れた情報
  2. 報酬系:幸福感や喜びを味わった時に活性化する一連の神経構造。生存に必要な食べる、飲む、眠る、生殖行動など
  3. 意味づけ:美的経験は文脈と密接に関係する。文化、経歴、生きているじだいや場所といった全てが、物事をどのように受けとめ、反応するかを特徴づける

これら3つは重なり合う円から成るベン図で表現され、3つの円が交わる中心に美しいと認識する経験がある。アートと美が関わるのは美しいものだけではない。それらは人間のありとあらゆる経験に感情的に結びつくことを可能にする。

自分が好きなものとそうでないものを自覚し、アートとの出合いでどのような影響を受け、何を知り、どう変化するのかについて理解を深めれば、自分自身の知覚の好みを人生の多くの場面で生かす機会が生まれる。

 

④デフォルトモード・ネットワーク(DMN)

アートや美に対する反応は、人それぞれだ。それは、脳の接続パターンが人それぞれだからである。現在では、自己意識を支える神経基盤はDMNに存在すると考えられている。脳の異なる領域が接続されたこのネットワークは、外界ではなく、自己の内面に意識を集中した時に活性化する。刺激のない、ありのままの自分でいる時だ。自分自身に関する出来事や知識の集積である記憶は、このネットワークで保存される。

DMNは、美しいと思うもの、記憶すべきだと思うもの、意味があると思うものを、それ以外のものと区別するフィルターであり、アートと美を私たち1人1人にとって、極めて個人的な体験にする役割を担っている。アートと美は私たちが意味づけを行い、好みを確立し、判断することを後押しする。脳は点と点とを結びつけ、パターンを見つけて理解し、その結果として神経回路を構築する上で、意味づけを行う機械である。

 

美的マインドセットを持て

美的マインドセットとは、身の回りのアートや美の存在に気づき、目的を持って自分の生活に取り入れる姿勢である。美的マインドセットがある人には、主に4つの特徴がある。

  1. 好奇心が強い
  2. 遊び心のある、終わりのない探究を好む
  3. 鋭敏な感覚を持つことを意識する
  4. 創造者もしくは鑑賞者として創造的活動に参加する意欲がある

 

美的マインドセットとは、自分が存在する環境と関わり合い、調和する姿勢に他ならない。そうすることで感覚的な経験と現在進行形でつながることができ、アートを創造し、美的経験を楽しむための扉が開き、最終的に自身が変わる。