なぜ倫理が必要なのか
現在は「第二の産業革命」とも言われる変革の時代の真っ只中にある。そこでは、技術と社会の関わりがより密接になろうとしている。その中で、日本企業に欠けているものは「目的(パーパス)」と「倫理(エシックス)」の2つである。
パーパスとは、企業の社会的存在意義である。「我が社は何のために存在するのか」といった根源的な問いに対する答えがパーパスである。改めてパーパスを定義し直すことで、自社が目指す姿や、そのために行わなければならないことが見えてくる。パーパスに従って考えていけば、そのためにデジタル技術をどう活用するのかも明確になってくる。
一方、倫理は企業活動とどう結びつくのか。企業倫理は、法令やガイドライン等、外部からの「規制」を遵守することが軸となっているが、ここで考える倫理とは、自ら考え生み出していくものである。倫理は「守らなければならない」だけのものではなく、倫理に基づいて行動を変えることにより、より多くの人が納得できる大きな活動ができるようになり、最終的には私たちの社会に大きなアドバンテージを与えてくれるものである。
倫理がもたらすアドバンテージ
①グレーゾーンによる足踏み状態を解消し前に進ませる
倫理によるアドバンテージが最もよく表れるのは、デジタル化など、これまでにないことに挑戦する時である。社会に大きな影響を及ぼしそうな新しい技術やアイデアが現れた時は、多くの場合、法による規制が検討される。しかし、法整備には時間がかかる。変化の激しいデジタルの世界では、法整備を待っている間に他国でその技術やアイデアが実装されたり、先行して市場を席巻してしまうこともある。
グレーゾーンにこそ、有効に適用できるのが倫理である。誰にどのような影響を及ぼすのかといった課題を自ら考え、ポリシーを決めて守るべき基準を作り、それを維持していく体制を構築すれば、法や社会的承認を待たなくとも、新しい技術やアイデアを進めていくことができる。倫理的課題についてきちんと対話を行い、検討を重ね、その過程をステークホルダーに開示することは、後に何らかの問題が生じた時に損失を抑えることにもつながる。
②多様な視点を育み、自社のパーパスを見直す機会を提供する
倫理という観点から、多くのステークホルダーに及ぼす影響を考慮するため最も有効な方法は、ダイバーシティを確保することである。多くの立場の人が倫理的健闘に加わることで、より幅広い視点からの検討が可能になる。
③対話による社会的合意と行動規範を確立する
倫理とは、その社会の多くの人に共有される社会規範であり、法はその最低限度の規範を守らせるための強制手段である。社会規範である倫理は、「空気」によって醸成されるものではなく、人々の考えと、考えの違う人同士の対話によって生み出される。社会的同意を得た倫理は、人々の行動規範となる。倫理を考えることは、社会的課題に気づき、解決策を考える糸口を与えてくれる。その解決策は、未来の事業の種となる。
デジタルエシックスとは
デジタルテクノロジーやデジタルサービス・プロダクトに関する倫理を「デジタルエシックス」と呼ぶ。これは元々、専門家のためのものだったが、科学技術が及ぼす影響やその責任の大きさが社会全般に広がるようになっていくにつれ、一般の人々にも重要なものになっている。
デジタル先進国のデンマークは、エシックスで世界の先頭を行こうとしている。そこには、人間中心という伝統に基づいて、長期的視点、利用者とのコミュニケーション、利用者にとっての使い勝手という3点が組み込まれている。デンマークで開発された、デジタル化におけるエシックスを考えるためのツール「デジタルエシックスコンパス」は、デジタルエシックスを実際に取り入れるための指針として利用できる。
https://ddc.dk/tools/toolkit-the-digital-ethics-compass/#
デジタルエシックスコンパスは、4重の円になっており、中心にはコンパスの基本理念として、「人間中心」という言葉が置かれている。出発点として「テクノロジーは人間を幸福にするための存在であり、人間を支配したり脅かすものではない」と考える。
2番目の円には次の4つの基本原則がある。この4つの原則について徹底的に議論することが必要である。
- 人を陰で誘導することは避ける
- 仕組みを理解しやすくする
- 不公平を避ける
- ユーザーにコントロール権を持たす
3番目の円には「自動化」「行動デザイン」「データ」の3つの視点が並ぶ。これらは、デジタル技術を使ったサービスで倫理的思考が必要になる具体的な領域をカバーする視点として選択された。
そして、一番外側の円には、3番目の円にあった3つの視点別に、合計22項目の質問が書かれており、プロジェクトをレビューする観点として活用することができる。