人的資本経営とは何をするのか
人的資本経営でやるべきことを一言で表すなら「人と組織を健全な状態にして、企業の目的実現に最大限貢献してもらうこと」である。さらに「やるべきこと」を突き詰めると、次の2点に集約される。
- 自社としての、人と組織としてありたい姿(健全な状態)を決める
(ダイエットでいえば「体重を×kgにすると決める」) - ありたい姿を実現するために、自社に適した取り組みを決めて行う
(ダイエットでいえば「糖質を×以内にする」「毎日×km歩く」)
人と組織がありたい姿に近づいているか、取り組みがうまくいっているか確認する。そして、その結果を他者に説明して、フィードバックを受けて改善する。これを行うのが、人的資本の開示である。
ありたい人と組織の姿を決める
勝てる組織にしていくためには、具体的に必要な人の量と質を「人材ポートフォリオ」で定めることが必要である。人材ポートフォリオで、最も有効で運用がきちんとできるのは「戦略起点型」である。これは、部門の戦略に基づいて「どのような種類・レベルの人材」がどの程度必要かを明らかにする。具体的には次の4つのステップでつくる。
- 人材ポートフォリオの軸と運用方法の設定(人の分類軸の決定)
- 部門ごとの将来の人材総量の検討(戦略KPIから決定)
- 部門ごとの将来ポートフォリオの検討(戦略から人の質を決定)
- 現状人員のポートフォリオへの当てはめとギャップの明確化
特に3の「将来」と4の「現状」とのギャップを可視化することが重要である。
各社には戦略があり、その戦略の実現に向けて、人材に「体現してもらいたい行動」がある。例えば、新しい市場を開拓していく戦略であれば、チャレンジやスピードを重視した行動を促していく必要がある。
組織文化というものは、目に見えないが一人ひとりの行動原理や思考様式に大きな影響を与える。組織文化の効果は、以下の3つがある。
- 判断の後押し(こうすべき)
- 自由の付与(これはしてOK)
- 知恵としての活用(こうしたらうまくいく)
ありたい組織文化を言語化したものはバリュー(行動規範)と呼ばれる。企業の使命や戦略を実現するために「こうすべき」「これはしてOK」「こうしたらうまくいく」の3つの視点からバリューを定義する。現在いる人材の特性とほど遠いバリューを定めても、「額縁に飾られるだけ」で終わる。今いる人材が行動につなげやすい表現や内容に調整するといい。
バリューに定めた組織文化をどのように実現していくか。組織文化の要素は「インテグラル理論」によって、以下のように整理できる。
- 個人・内面:個々人の価値観・性格・経験など
- 個人・外面:他者(特にリーダー)の言動・フィードバックなど
- 集団・内面:集団の価値観・空気感・暗黙のルールなど
- 集団・外面:経営理念・戦略・組織体制・制度・ルールなど
組織文化を変えるためには、4つの領域すべてに働きかける必要がある。例えば、個人・内面では、採用基準の変更や経験の付与、個人・外面ではリーダー教育やコミュニケーション研修。集団・内面では職場ごとのワークショップ、集団・外面では、組織体制や人事制度の変更などが考えられる。
人材マネジメント方針を言語化する
取り組みの方向性に一貫性がないと、様々な混乱が生じる。こうした事態を避けるためには、人事戦略の検討に向けた全体の方針「人材マネジメント方針」をきちんと合意しておくことである。これは、以下の取り組みを考える上で、何を重視するかを言語化する。
①人の調達
- 直接雇用を中心とする ↔︎ 外部委託を積極的に行う
- 長期的な関係性や育成を志向する ↔︎ 短期的な関係性や活用を志向する
②人の育成
- 専門性・能力の広さを重視する ↔︎ 専門性・能力の深さを重視する
- 組織主体の育成を重視する ↔︎ 個人主体の育成を重視する
③人の活躍
- 適材適所を重視する ↔︎ 適所適材を重視する
- 組織主体の異動を重視する ↔︎ 個人主体のキャリア形成を重視する
- 能力・行動を重視する ↔︎ 結果・成果を重視する
- 安定的な報酬支給を重視する ↔︎ メリハリをつけた報酬支給を重視する
④人の維持
- 非金銭の報酬で惹きつける ↔︎ 金銭報酬で惹きつける
- 働き方の公平性を重視する ↔︎ 働き方の個別性、柔軟性を重視する
- 人のつなぎ止めを重視する ↔︎ 積極的に人を外部に送り出す
- 一度雇った人は長く面倒を見る ↔︎ 活躍が難しい人は厳しい対応もやむなし
これらの対立軸には絶対的な正解はない。自社の方針として「何を重視するか」「何を諦めるか」を整理する。こうした人材マネジメント方針を関係者間で合意することで、人の調達→育成→活躍→維持のサイクルがうまく回り出し、ビジョン・戦略の実現が近づく。