エヌビディアの原点
エヌビディアは、1993年に3人の創業者たちによって設立された。1人は今でもCEOを務めている台湾系アメリカ人のジェンスン・フアンである。彼らはシリコンバレーにある「デニーズ」で、パソコン上で写実的な3次元グラフィックを描くチップに関するアイデアを議論していた。
1990年代初めの日本では、ソニー、セガ、任天堂の家庭用ゲーム機におけるハードウェア性能競争が白熱していた。近い内に3Dグラフィック機能が家庭用ゲーム機に搭載されるとエヌビディアの創業者3人は確信していたのだ。
エヌビディアの原点は、ゲーム用のグラフィック画像を描くためのコンピューティング技術であり、それを半導体チップ「GPU」で実現した。彼らは多角形の「ポリゴン」と呼ばれる基本単位を三角形で表現し、小さな三角形の形をたくさん繋ぎ合わせて、それらをフレキシブルに変えることで動物や植物などの絵を描くことに成功した。小さな三角形の各頂点を座標で表し、頂点同士を繋ぎ合わせることで、多数の小さな三角形が集まった絵を描く。
さらに2次元だけでなく、奥行きのある3次元の物体もポリゴンの組み合わせで表現できる。3次元表示では、物体の裏は、物体を回転させることで表現する。これは座標軸や点を中心に回転させるため、座標変換作業を行うための計算が必要となる。ゲームなどでは、様々なシーンを描き、別の角度から見せることがあるが、これも座標変換処理を行なっている。こうした計算は、掛け算したものを次々と足し合わせる積和演算として表現される。
コンピュータで絵を描く場合、人間が絵を描く方法と違って、画面を数十〜数百に分割してそれぞれの部分を同時並列に描ける。だから高速に絵を描くことができる。GPUには、積和演算器が大量に集積されており、それらを同時に計算させることで1枚の絵を短時間で仕上げることができる。ゲームの場合、写実的な動画を描く必要があるため、極めて高速なチップ性能が求められることになる。
エヌビディアの強み
高速の計算性能が必要とされるのは、ゲーム分野だけではない。スーパーコンピュータやHPCでは、様々な微分方程式や複雑な計算式を解くために、積和演算を利用した数値計算が使われていることにエヌビディアは気づいた。GPUがコンピュータを高速化するのにも使えることに気づいたのである。そして、エヌビディアは、GPUはニューラルネットワークを利用するAIの演算に使えることに気がついた。
こうしたGPUの性能を徹底的に追求するという姿勢がエヌビディアにあったことが、他社との違いであった。富士通はGPUを半導体の1つとしか捉えていなかったし、その他の半導体メーカーに至っては、GPUについて検討すらしていなかった。
GPUには並列演算器が大量に集積されており、それらをプログラミングすることは簡単ではない。このため、エヌビディアは2006年に、CUDAと呼ぶGPUプログラミング開発環境を開発した。これは標準的なプログラミング言語を用いて、GPUに集積された多数の演算器を利用した並列処理のプログラミングを行うものだ。エヌビディアは、CUDAをグラフィック以外の用途にも利用できるように開発した。
エヌビディアのGPUが、AI分野で独占的な地位を占めるようになったことも、CUDAが後押ししている。AIのニューラルネットワークモデルには、多数の簡単な積和演算回路が詰まっている。並列処理プログラミングという共通点があるため、エヌビディアのGPUをCUDAでプログラミングすることでAIを動かすことができるようになる。
エヌビディアの強みは、GPUという「ハードウェア」、並列計算を容易にするCUDAという「ソフトウェア」、さらにはカスタマイズや検証するための開発環境など、システム化するために必要な技術を盛り込んだソリューションすべて提供できることである。
エヌビディアは単なるファブレス半導体メーカーではない。GPUやAIチップなどの半導体チップというハードウェアを持っているが、用途開発を手助けするソフトウェアライブラリやソフトウェア開発ツールなどのプラットフォームを持つプラットフォーマーでもある。
AI市場の拡大
エヌビディアの売上は2024年度に609億ドルに達し、前年比2.26倍となった。この最大の理由は、AI市場からの需要増によるものだ。OpenAIがChatGPTを世の中に出した2023年秋から、エヌビディアのGPUは爆発的に普及した。エヌビディアのGPUには拡張性があり、そのチップやボード、さらにはコンピュータ同士をいくつも並べて並列演算できるという特長がある。
インテルやAMDも、エヌビディアのGPUを意識したような性能の高いAIチップを開発しており、AIチップ性能競争は、生成AIの登場でより激しくなりつつある。