企業文化・風土を変えることがカギ
味の素では様々な施策を行ってきたが、変革に成功した一番の要因は、企業文化・風土を変えたことである。かつては、内向きで忖度文化が蔓延していた味の素を前向きで自発的にしたことで、あらゆる施策が効果的に作用した。どんなに優れた戦略があったとしても、その土台となる「企業文化」や「企業風土」を変えなければ意味がない。
悪い組織には危険症状が表れる。空気を読んでリーダーや主流派に忖度をする雰囲気であり、かつての味の素にもこの危険症状が表れていた。リーダーは本音を言って欲しいと真に願っていても社員はクセで忖度してしまうため、「忖度文化」は非常に厄介である。加えて、味の素では、事務系(文系出身)で食品事業のサブカルチャーに所属することが、主流派になる道があった。こうしたサブカルチャーは、自分たち以外の存在を認めなくなるという、悪しき側面が目立つようになる。忖度、へつらいなどが日常的に行われる企業では、社長に物申すことも、主力サブカルチャーの意見を否定することもできなくなる。
ゆるい体質からの脱却
味の素は多くの社員の望む成長を叶え、幸せにしてきたいい会社と言える。しかし、社員の多くは幸せなキャリアを歩んでいるのにもかかわらず、味の素の企業としてのパフォーマンスは、少なくとも過去40年間は決して高いレベルではなかった。それは、味の素が多くの社員にとって、非常に居心地のいい、「ゆるい体質」になっていたからである。
「ゆるい体質」の会社では、社員はわざわざ自分の幸せを手放してまで挑戦をしようとはしない。ましてや大企業でストレス少なく働けている安住の職場を保証されているので、わざわざリスクを取る必要はないと考える。この「ゆるい体質」の会社の場合、多くの社員の優先順位は、会社が成長することではなく、「自分の立場が脅かされないこと」になる。そうなると、社員からすれば、自社を含むグローバルな企業間の競争は対岸の火事でしかない。
個人のメリットとセットでビジョンを伝える
個人や組織にとっても、現状維持は衰退の入り口に立っていることと同じで、経営は常に新たな成長を目指すべきである。そして、経営が人財に投入すべき最大の資源は「夢」とも言える成長ビジョンであるべきである。だから、経営や組織のリーダーは、組織に明確な成長へのビジョンを示し、個人に「腹落ち」してもらった上で、個人と会社の成長を懸けて、共にチャレンジし続けることが必要である。
ビジョンを語る際は、会社や部署として目指す姿を話すだけでなく、そこに属する社員が成長することで得られるメリットもセットにして伝える必要がある。組織の目指す姿を通して「自分が目指す目標」も見えてくる状態を作ることができれば、社員は自然と積極的に仕事に取り組むようになる。
味の素の英語導入はまさにこのパターンがうまくはまった。英語を導入することで、今後どんな職場に行っても活躍できる人財になるだけでなく、自分の目指すキャリアやポジションにも近づくことができるという個人メリットを実感してもらうことができた。
異質な人財を配置する
忖度文化や保守的な組織を変えるためには、個人のメリットをイメージさせることに加え、「異質」の人財を配置しなければならない。日本企業は、同質の考えと価値を有する人間のみで構成されている組織が多く、違う考え方や、その組織の文化に合わない発言や意見を「異質」のものであるとして、排除する傾向が強いからである。
主流サブカルチャーが経営をリードしていた当時の味の素では、経営環境の変化に対する認識やそれに対応するための新たな視点を踏まえた議論が不十分なままに、既定路線の戦略が実行されていった。その結果、企業のパフォーマンスは低下していった。この時、技術系/アミノサイエンス事業出身であり、主流派とは完全に異質の経験と考え方を持つ自分にしか味の素は救えないと感じた。そこでこの考えを社長に直接ぶつけた。
「異質」の人とペアを組む上では大切なことが2つある。
- 意見は違えど、お互いをリスペクトし合うこと
- 異質ではあるけれど、目指している夢は同じであること
大きな変革を実現するには、これまでと異なる戦略の策定とその戦略を実行する組織づくりから始めなければならない。ただ、最初から多人数での議論は四方に広がってしまうので、決して深まることはない。最少人数の2人からスタートするのが、成功確率が一番高いやり方と言える。そして、段階的に変革の同志を増やしていけばよい。
企業風土を変える時、組織的な対立や葛藤は当たり前のように起こる。内向き企業には、あらゆる問題を「永遠の課題」として、解決できないようにしてしまう「忖度と批判の力学」が存在している。これを解決するには、経営陣、管理職、従業員の三者が、共通の危機感を持つことである。