人は何が自分を幸福にするかを見誤る
幸福研究者たちは、ポジティブ感情を、収入増加、免疫力アップ、親切心の高まりなど、多くの利点と結び付けている。これらの望ましい状態が、幸福感をはじめとする様々なポジティブ感情によって引き起こされると、研究者たちは指摘している。
しかし、幸福感がこれだけ注目されているにも関わらず、多くの人は幸福になるための選択が正しくできていない。多くの人が、将来どんな事が自分を幸せにするのか正しく予想できないのは「自分には不快な感情に耐えたり、適応したりする能力がある」という事を見落としているからだ。私達は、この事に注意を払う必要がある。何かを決断する時というのは、あとで自分がどんな気持ちになるかを推量し、それに基づいて判断するからだ。私達は、良い事に関しては、ものすごくいい気分になるだろうと過大に期待し、辛い状況に関しては、それに耐える自分の能力を過小評価する傾向がある。
幸福の先にある「全体性」こそが成功へと導く
幸福、忍耐強さ、楽観性など、何か一定の特質を身につければ、すべてがうまく行くかのように主張する専門家が後を絶たない。しかし、1つの心理状態が最善だとするのではなく、どんな心理状態もすべて良いのだと考えるべきである。最新の研究結果は、怒りや不安、罪悪感などのネガティブな感情を含めて、すべての感情が有用であると裏付けている。普通は避けたいと思うネガティブな感情は、人生に関する知識を増やし成熟を促す働きをする。
ポジティブな感情とネガティブな感情、両方の心理状態を適度に行ったり来たりする事によって、バランスのとれた安定した「ホールネス(全体性)」を持つ事ができる。人間に与えられた自然な感情をすべて活かせる人、つまりポジティブ感情もネガティブ感情も受け入れて幅広く活用できる人が、最も健全であり、人生において成功する可能性が高い。
不快さを避けていると免疫力が弱まる
人々は、今、これまでになく豊かな選択肢と自由と個の力を手に入れたため、いろいろな事が避けられるようになり、特に好ましくない感情を避けるようになった。不快さを嫌がる今の社会の傾向は、人の経験の幅を狭める事につながる。不快であっても有益な心理状態まで避けていては、自分の可能性を十分に引き出せない。私たちは、快適さへの欲望が満たされれば満たされるほど、経験の幅が狭まり、人生の困難を切り抜ける練習の機会を失う。不都合だと思える出来事に対して、こらえ性がなくなるのである。
しかし、自分の心理状態に対してもっと強い姿勢で臨むという考え方は、極めて重要だ。辛い気持ちに耐える力をつける事は、その人個人に役立つだけでなく、長い目で見れば社会全体にとって有益である。
ネガティブ感情も役に立つ
生きていく上で、拒絶、挫折、自信喪失、偽善、喪失、倦怠などを経験する事や、気に障る不愉快な人たちと接する事は避けられない。しかしそれらに対処する唯一の解決策はポジティビティではない。その時にその辛さを受け入れようとしないと、それが苦悩に変わる。
だから、もっと幸福度を高めようと努力するよりも、ポジティブもネガティブも含めた広範囲の心理状態を受け入れる能力を身に付けて、人生の出来事に効果的に対応する事の方が大事である。それが「ホールネス(全体性)という状態である。すべての感情を含む健全な「ホールネス」を持つ人は、大事な事のためには、感情のダークサイドも活かして使う事ができる。私達が普通、ネガティブなものと捉えている感情も、ポジティブ感情以上に役立つ事がある。
「ホールネス」を持った人たち、つまり良い事も悪い事も受け入れ、与えられた状況の中で最良の結果を掴む人たちこそが、健康を保ち、仕事でも学問でも成功し、幸福な人生を深く味わう事ができる。これを20%のネガティブ優位性と考える。ホールネスを持つ人とは、約80%の時間はポジティビティを感じ、残りの20%の時間はネガティビティを有益に使える人の事だ。
ホールネスを得る上で大事な事は、ネガティブ感情を避ける事ではなく、それをネガティブと考えない事である。
ポジティブ感情の落とし穴
ポジティブ感情が、どんな時も常に有益であるとは限らない。幸福のマインドセットに警告を発している研究結果には以下のものがある。
①幸福は、長期的成功の妨げになりうる
・幸福な人は説得力に欠ける
・幸福な人は人を信頼しすぎる、
・幸福な人たちは考える事を億劫がる
②幸福を追求した事がかえって逆効果を生み、不幸になる事がある
・自分の幸福感だけを大事にすると、他者の事が二の次になり失敗する
・ポジティブ感情を経験すると、その後に起きる事がつまらなく思える
③ネガティブ感情を持つ方がいい場合がある
・不正に立ち向かおうとする時、「怒り」は「幸福感」に勝る
・忍び寄る危険を警戒する時、「不安」は「幸福感」に勝る
・損失や個人的問題に対処するために援助を求める時「悲しみ」は「幸福感」に勝る
④他の人が幸せそうだと、自分のやっている事に身が入らない
幸福感は「大局的なものの見方」を促すのに対し、不幸感は「詳細に注目する分析的思考」をもたらす。
幸せでありたいと思うなら、幸せになりたいと頭で考える事をやめて、身を入れて人生を生きる事だ。ポジティブになろう、ネガティブを避けようと必死に頑張る事は無益なだけでなく、自分を取り巻く世界に見出せるはずの喜びや関心や意味が、見えなくなってしまう。