野口聡一の全仕事術

発刊
2021年12月1日
ページ数
240ページ
読了目安
259分
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国際宇宙ステーションでの働き方
宇宙と地上という物理的に離れた環境で、テレワークを行う宇宙飛行士はどのように働いているのか。宇宙飛行士の野口氏が、国際宇宙ステーションでのコミュニケーションから労務管理、メンタル管理まで具体的な宇宙での仕事術を紹介しています。

共感で隔離と孤立を乗り越える

地上から400km離れた宇宙に浮かぶ国際宇宙ステーションは、地上スタッフと物理的に切り離された環境ながらも快適な通信環境で結ばれるようになった。毎朝、地上と打ち合わせをし、指示を確認してから仕事を始める。国際宇宙ステーションでの勤務は、究極のテレワークである。

国際宇宙ステーションそのものは閉ざされた空間であり、その窮屈さの度合いからみても、地上のテレワーク以上につらい勤務環境に置かれている。気分転換にふらりと外へ出かけるわけにもいかず、半年間にわたる長期滞在中、時にストレスを抱え、時に孤独を感じることもある。そこで週末などの余暇を利用して、日本の友人たちによく電話をかけていた。

宇宙にいてどうしても精神的に孤立しがちで、電話を通して「ひとりじゃないんだ」とポジティブな気持ちにさせてもらっていたが、地上にいた友人もコロナ禍のステイホームの中で同じ思いだったという。物理的に隔離された場所から、いかに精神的につながっていくか。人間は、人間同士のつながりや、社会との関係において自己の存在感を認識する。

 

隔離と孤立を乗り越えて、お互いの心情に共感できるということ。コロナ禍のアメリカでも、エンパシー、すなわち「共感」「感情移入」という言葉がキーワードになりつつある。相手が体験している厳しい状況をわが事として感じ、理解できる。このことを突き詰めていくと、他人に共感できるかどうかは、ひとえに人間としての経験の深さに関わっている。

 

言葉は明確かつ簡潔に

目の前30cmの相手と対面で話すのと、パソコンの画面越しに話すテレワークとでは、話し方のエチケットや交渉術は当然変わってくる。その極端な例が、地球と宇宙の交信だ。

対面の世界では、人間の五感を通して得られる情報(表情、声の調子、香りなど)をキャッチしながらコミュニケーションをとっている。さらに日本には「言わなくてもわかるよね」という文化があり、曖昧な言葉を使って会話を済ませることがよくある。

しかし、テレワークの場合、そうしたやりとりが通じない。ノンバーバル・コミュニケーションが通じない以上、伝える側と受け取る側との間で、別の解釈の余地のない、明確にして簡潔な言葉を使うこと。それに尽きる。言葉を重ねている内に、理解できない場面にぶつかったら聞き返す。大事なのは、五感を使って情報を伝えるノンバーバル・コミュニケーションがディスプレイ越しでは成立しないとお互いが了解しておくことだ。

 

但し、言いたいことを伝えることも大事だが、伝える雰囲気づくりも大事である。「アイスブレイキング」は、会議を和ませるコミュニケーション・メソッドとして、国内外で取り上げられている。アイスブレイキングを使えるようにするには、相手の言葉に対し、こちらから返せる言葉の引き出しを3つは用意しておきたい。そのどれを繰り出せば場の雰囲気を転換できるか、瞬時に判断することになる。但し、相手の言葉に3つも引き出しを用意し、瞬時に選ぶとなると、やはり心の余裕とボキャブラリーの豊富さは必須条件となる。

 

労務管理は重要

国際宇宙ステーションは、究極の「職住接近」。朝起きたらそこはもう職場だ。週末の休日も、目の前で実験装置が回っている。ついつい「ながら仕事」ということにもなりかねない。特に新人飛行士ほど要領がわからず、メリハリを付けるのが大変で、つい過労になりがちになる。

スペースシャトルの時代だと宇宙滞在は2週間だった。だから、24時間働くことができた。2週間しかないと思うと、宇宙飛行士も成果をあげたいと張り切るからだ。しかし、国際宇宙ステーションに長期滞在するようになっても、そんなペースで働いていたら、滞在期間の6ヶ月はもたない。「燃え尽き症候群」みたいになってしまうだろう。

 

ちょうど国際宇宙ステーションができて10年目に差しかかった時期、ようやく宇宙飛行士の「働き方改革」が始まり、1つ1つの作業時間の見積もり精度を上げて残業時間を減らそうという試みが始まった。

そうは言っても終業時間を超えて頑張らないといけない時もある。一番わかりやすいのは、無人貨物船が来た時の対応だろう。地上から新しい実験機器や生活物資を運んでくれる貨物船が国際宇宙ステーションにドッキングすると、何トンもの荷物をどんどん積み下ろし、同時並行で地上に戻す物品を貨物船の空いたスペースに積み込んでいく。場合によっては2機の貨物船が相次いでやってくることもあるし、そもそも国際宇宙ステーションにドッキングできる期間には限界がある。そうなると、通常業務の傍ら、最初の1週間くらいは頑張って荷下ろししないと間に合わない。