東大病院をやめて埼玉で開業医になった僕が世界をめざしてAIスタートアップを立ち上げた話

発刊
2024年5月22日
ページ数
224ページ
読了目安
258分
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医療AIスタートアップの創業物語
胃がんなどの早期発見を実現する内視鏡画像診断AIを研究開発するスタートアップ、AIメディカルサービスの創業物語。東大医学部を卒業し、開業医として働いていた著者が、なぜスタートアップを立ち上げるに至ったのか。

参入障壁も高く、起業家も少ない医療の分野において、内視鏡AIのトップランナーとなっているスタートアップ創業者の苦労や考え方などを知ることができます。起業というキャリアを考える上で参考になります。

内視鏡検査の見逃しをゼロにする

消化管のがんは早期発見し、その段階で治療すれば、助かる病気になっている。大切なのはいかに早く発見するか。そのために有効なのが、内視鏡検査(胃カメラ)である。内視鏡検査を行い、胃がんを見つけるのは、人間である医師である。しかし、ここで起こり得るのが「見逃し」や「診断ミス」である。ベテランの医師でも見極めが難しい胃がんもある。

そこで今、注目を浴びている技術が「内視鏡画像診断支援AI」である。内視鏡専門医でも診断が困難な胃がんの画像等を大量にAIに学ばせると、AIが胃がんかどうか判別してくれる。

 

この内視鏡画像診断支援AIの研究開発に特化したスタートアップ「AIメディカルサービス」を2017年に設立した。AIメディカルサービスは設立から5年で、内視鏡AIの研究開発の医学論文では世界1位の被引用数を誇り、内視鏡AIの研究開発では世界のトップランナーである。消化管のがんの見逃しゼロを実現し、世界の内視鏡医療の未来をつくるのが目標である。

 

目の前の課題をなんとかしたい

AIメディカルサービスを設立するまで10年以上にわたり、胃腸科肛門科クリニックの院長として、診断と内視鏡検査に明け暮れる日々を送っていた。内視鏡検査では、医師の画像診断能力に完全に依存しているという現実に問題意識を持ち続けていた。

そんな2016年のある日、東京大学の松尾豊教授のAIについての講演を聴く機会に恵まれた。「AIの画像認識能力が、ディープラーニングという技術により人間の能力を超えた」と聞いて、激しい衝撃を受けた。

 

「内視鏡画像×AI」というアイデアは、誰でも思いつくことである。しかし、調べてみると、医療分野でディープラーニングを用いたAIの活用例は2つしかなかった。眼底画像解析と、皮膚がんの画像解析だけである。内視鏡画像に対する研究開発は、世界中どこを探しても報告されていなかった。

当時、19時まで内視鏡検査と診断をした後、20時から医師会の事務所に集まり、数千枚の胃内視鏡検査画像をダブルチェックする日々に疲れていた。「AIを使えば、ダブルチェックの負荷を減らせるかもしれない。どこにもないなら、私がやってみよう」と思い立った。まずは目の前の課題をなんとかしたいという気持ちで、内視鏡AIの研究開発をスタートした。

 

気の遠くなるような作業

AIの画像認識能力が人間を上回ることができたのは、AIが大量の画像データを取り込み、自らで画像の特徴を判別することができるようになったからである。胃がんであれば、最低でも数千症例が必要になると思った。「AI×内視鏡」の組み合わせが実現されていなかったのは、十分なデータの量と質を確保するのが難しいという問題があったからかもしれない。

 

開業以来クリニックをサポートしてもらっていた、がん研有明病院の平澤俊明先生に話をすると興味を示してくれた。先生は内視鏡のエキスパートで、がん研有明病院は質量ともに世界最高レベルの早期胃がん画像データを保有していた。内視鏡AIに読み込ませる教師データは、がん研有明病院に加え、開業前に修行させて頂いた辻仲病院、後輩が院長を務めるららぽーと横浜クリニックからも提供してもらった。

AIに読み込ませる教師データには、数千枚の内視鏡画像1枚1枚に「ここががんだよ」という範囲をマーカーでぐるりと囲み、中を塗りつぶす作業が必要になる。最初の1年ほどは、クリニックで診察の合間などに時間を見つけては、作業に励んだ。

 

研究開発は進み、2017年10月、胃がんの原因とされているピロリ菌の感染有無を鑑別するAIの研究開発に世界で初めて成功した。続く2018年1月には、胃がんを検出する内視鏡AIの研究開発に世界で初めて成功し、発表した論文を通じて世界の内視鏡医に一気に知られるようになった。

 

AIスタートアップの設立

内視鏡AIの研究開発と並行して、ベンチャーキャピタルの起業家育成プログラムにも参加していた。そして、2017年9月、AIメディカルサービスを立ち上げた。

あるベンチャーキャピタルからは「エンジニアと医師だけの会社には、お金は絶対に出さない」と告げられたため、経営人材であるCOOを探した。そこで、日本最大級の医療口コミサイト「QLife」創業者の山内善行さんにCOO就任を打診した。そうして、CEOの自分とCOO、エンジニア2人の計4人で、神楽坂の小さなアパートの1室から事業をスタートすることになった。

 

自分で1億4000万円を出資し、山内COOから1億円の出資を受け、合計2億4000万円。自分のお金でリスクをとる、自分自身がやり切る覚悟を持たなければという気持ちがあった。

最初の2億4000万円は2年弱しか持たなかったが、その後インキュベイトファンドから10億円の出資を受け、シリーズBで46億円、シリーズCで80億円の調達が決まった。