脳と人工知能の研究が融合した最新成果
ヒトは、どれほど賢明であっても、どれほど俊敏であっても、結局は自身の身体という限界に制約された範囲の中で活動してきたに過ぎない。しかし、この「身体による拘束」という大原則が、破らようとしている。バイオハッキングやトランスヒューマンといった身体改造技術の萌芽である。この研究分野では、新しいテクノロジーを用いて、生物学的な束縛からヒトを解き放とうとしている。
脳と人工知能を組み合わせた研究を行なっている研究者は、以前から世界中にいたが、近年の人工知能のブレークスルーによりその数が加速度的に増えている。その結果、ここ数年であっと驚くような研究が立て続けに発表されている。
・思い浮かべたことを翻訳してくれる人工知能
脳活動を人工知能で読み取ることで、その人が考えていることを直接文章に翻訳できるようになった。患者に短文を音読させ、その間の脳活動を記録するという一連の流れを繰り返すことで、人工知能は「こういうことを話している時には、脳はこういった活動をする」という関係性を学習していく。人工知能がこの対応づけをきちんと学習することができれば、その人工知能を逆方向に用いることで、その人の脳活動から文章を予測することができるようになる。
この研究は、てんかんの治療目的で脳波計を埋め込んだ人が対象だった。97%の精度で考えていることを文章に翻訳できるようになったことは素晴らしい成果だが、安全面や倫理面の問題から健康な人では当分できない。
・他人が見ている夢を読み取る人工知能
脳の活動はfMRIで脳の血流量がどれだけ変化したかによって判定する。「こういう夢を見ている時にはこういう脳活動をしている」という関係をひたすら蓄積することで、人工知能は脳活動と夢との関係性を学習していく。2021年時点では、頭の中でイメージした簡単な図形を画像化できるくらいの段階のようだが、この先どこまで研究が進歩するのか注目される。
・人工眼球
目が見えなくなってしまった人の視力を取り戻す研究。この研究では、複雑な生物の眼球をなるべく忠実に再現した。水晶体の役割を果たすレンズや硝子体の役割を果たすイオン液を用意し、さらには網膜の役割を果たすナノサイズのセンサーまで開発した。人間の網膜には光や色を検出する細胞が約1億個存在するが、人工眼球には、これらの役割を果たすナノセンサーが約4億6000万個も搭載されている。
但し、人工眼球ができたとしても、眼球からの情報を視神経を通じて脳へ正しく送ることができなければ、私たちは外界を認識することができない。この研究では視神経の開発にも取り組んでいるが、1本1本の人工視神経の太さは直径1mm。4億6000万本の人工視神経をつなぐには何らかのブレークスルーが必要であり、実用化には時間がかかりそうである。
・脳と人工知能を接続する
「コンピュータを通じて脳と人工知能を接続する」ことを目的に、イーロン・マスクが設立したNeuralinkは、2019年に衝撃的な研究結果を発表した。その内容は以下の通り。
- 髪の毛より細い電極数千本以上を脳に埋め込む
- それらの電極で脳波を記録する
- 1本1本の電極で脳を直接刺激することもできる
- これらをスマートフォンのアプリ上で操作できる
- 2020年に人間での臨床試験を開始する予定である
これまでBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)という研究は着々と進められていた。しかし、Neuralinkの発表は、2つの点でインパクトがあった。
- 刺せる電極の数が「桁違い」に多い
- 電極の埋め込み手術をロボットが行う
Neuralinkの研究結果は2020年にアップデートされ、ブタの脳に電極を挿し込み、脳波の記録に成功したこと、FDAへの申請が完了したことが発表された。さらに2021年4月には、「脳に1024チャンネルの電極を埋め込んだサルが、人工知能の力を借りて念じるだけで卓球ゲームをプレイした」という成果を発表した。
埋め込んだ電極の劣化、脳深部の血管を避けること、そして頭蓋骨に穴を開けるという手術による安全性の問題が解決できない限りは、健康な人間に対してNeuralinkのデバイスを埋め込むことは時期尚早であるが、今後これらの課題とどう折り合いをつけるのかは注目される。