森のような経営

発刊
2021年10月25日
ページ数
221ページ
読了目安
240分
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自然に従ったこれからの組織のあり方とは
サッカー日本代表のチームドクターを務め、医療法人や医療専門学校を経営する著者と、人と森の対話をテーマにするコーチの対談本。「森のような経営」をテーマに、自然の摂理と人間による企業経営のあり方を比較しながら、これから求められる企業経営の形を議論しています。
今後、社員が自由に生き生きと働く組織とはどういうものかを考える上で参考になります。

資本主義の限界

これから先1000年ぐらいを見越した時、人間は森や自然から日常に活かす力を受け取り、学び、取り戻していく必要がある。とりわけ重要なのは、企業の経営者のあり方である。現代社会では、企業が絶大な影響力を持っている。その中で経営者の考え方は企業の行動を大きく左右する。もし彼らが資本主義や科学技術の恩恵だけに基づいて、拡大成長、大量生産、大量廃棄のビジネスモデルを続けていけば、早晩、地球は取り返しのつかない状況になる。

 

近江商人の「三方良し」という言葉がある。「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三方が良いのが、良い商売だという商人の心得だが、これからのビジネスでは「世間」を社会や国と捉えるのは狭い。その周りにある自然や生態系、この地球を含んだ「宇宙良し」が当たり前になる。「森のような経営」というキーワードには、こうした感覚につながるところがある。

 

森のような経営

経営者として考えていたのは「自分に関わった人が『この会社で働けて良かった』とほんの少しでも幸せになってくれたらいいな」ということだけ。もちろん、そうならない人もいるが、自分の居場所は自分でつくるものだと考えているので、スタッフには「この会社を良い会社にしたければすればいいし、いたい会社にしたいのなら自分ですればいいんじゃないか」と言っていた。

「それぞれが自主的に動いて自分の居場所をつくる」という発想は、ティール組織における自主経営の考え方に似ている。これまでの組織の多くがピラミッド型で、必要以上にたくさんのルールを定めて社員を縛ってきたのは、社員を自立した個人とみなしてこなかったからだ。だからティール組織に注目が集まっている。
ティール組織と森はよく似ている。森にピラミッド構造はないし、トップダウンの指揮系統も存在しない。1本1本の木はそれぞれ悠然と生きているだけ。でも、森全体は豊かに維持されている。個々の木は周りを何も気にせず、ただすくすく伸びて、全体がうまくいっている。

 

「幸せになってほしい」という発想も、最近急激に広がっているウェル・ビーイングの考え方と同じである。昔は「顧客満足」が最優先とされていたが、今は従業員の幸せに目を向けるようになった。まず最初に従業員が幸せでなければ満足しないし、良いものはつくれないし、顧客の満足も得られないという発想で、完全に順番が変わってきた。

 

これまでは、上にいる人が計画を決めて「これをやれ」「やります」で動かせば、大体うまくやれた。だから大半の組織がそのやり方を採ってきた。ところが今はこのやり方だと回らなくなっている。経営者は中長期の経営計画を立てて「今後5年はこうやれば、このくらいいけるよね」と決められたし、社員もそれに基づいてしっかりやれば、ある程度の業績を上げられた。ところが、今は「不透明で不確実な時代」になったから、そのやり方ではうまくいかなくなっている。そのことに、みんな気づいてきている。

 

今、最善だと思うことを、みんなが必死に頑張ってやっていく

組織がそちらを向くためのポイントが、規律である。本当に野放しにしてしまったら、それは組織ではない。組織には、そこに属する全員が最低限守るべき規律というものがある。規律は、その組織に人が集まるための理由でもある。だから「僕らはどんな仲間なのか」という企業のあり方を明確に謳っている。集まる理由がどこにあるかが重要だから、「誇りの持てる場所であってほしい」とか「強くあること」を打ち出している。
それがあるから、それぞれが自由でありながらも、何もしない人は出てこない。逆に言えば、この組織にはいたくないという人もはっきりするので、辞める人もいる。むしろ、そうなるのが組織としては健全である。

 

森に入れば、木はバンバン倒れている。すべての木がすくすく育っているわけではない。それは摂理である。森全体の命を持続するためには、個々の木が死ぬのも摂理である。そうでなければ、次は生まれない。企業を森に、人を木になぞらえると、「みんな同じように育っていきましょう」というのはおかしいとわかる。

 

例えば森の中で1つのどんぐりが落ちて、すごく大きなカシの木に育ったとする。これを最初から計画して「10年後には、ここに高さ◯メートルのカシの木が育つようにしたい。そうならないと困る」と考えるのは、この世界で人間だけである。彼らは将来を予測しながら生きているのではなく、その時その時を必死に生きて、結果として生き延びていっている。だけど人間だけは「来年にはこうなっていなければならない」とか人生を設計してしまう。

自然の摂理からすればそれはおかしい。この地球の生態系において、人間以外の生き物たちはみんな「今この瞬間にできる最善のこと」を選んでやっている。それが上手くいくこともあれば、上手くいかなくて、消滅してしまうこともある。でも、それを嘆いたりはしない。

参考文献・紹介書籍