起業を志した理由
絶対にサラリーマンになりたくなかった。自分のやり方で勝負したかった。必然的に他人と衝突する。「嫌なやつ」だと思われる。孤立するから、ますます尖る。その繰り返しだ。小・中学校時代は一貫してガキ大将を通した。高校生二学年の三学期から、それまで全くした事がなかった勉強に猛然と取り組み始めた。大垣という退屈な町と実家から、一刻も早く出て行きたかったからである。東京行きは、「難関校合格」という条件付きながら認められた。翌春、慶應義塾大学法学部に合格する事ができた。
だが、大学に通い出して早々、強烈な嫉妬心と劣等感、悔しさと無力感にさいなまれる事になる。周りの同級生達は、やたら垢抜けてカッコいい。それに対して、自分は田舎のイモ兄ちゃん丸出しで、何のコネも取り柄もない貧乏学生である。この時、「サラリーマンになったら、オレは永久にこいつらに勝てないだろうな」と思った。「どんな事になっても、こいつらの下で働く人間にだけは、絶対になりたくない。ならば自分で起業するしかない。ビッグな経営者になって、いつか見返してやろう」と誓った。これがビジネス人生における原点だ。
プー太郎時代
大学を運良く5年で卒業し、誰でも入れる小さな不動産会社に就職する事にした。小さな会社なら早くのし上がる事ができるし、不動産業ならノウハウを吸収していずれ独立のチャンスも掴めるだろうと考えたからだ。与えられた仕事は、怪しげな別荘地を飛び込みセールスで売り歩くという過酷なものだったが、必死で売りまくり、トップクラスの成績を上げるようになった。ところが、その会社はオイルショックの煽りを受け、あえなく倒産してしまった。入社10ヶ月後である。こうして長いプー太郎時代が始まる。
徹夜麻雀をして朝帰りし、夕方にまたゴソゴソ起き出して雀荘に出かけていく毎日だった。ここで負けたらもう後がないという崖っぷちのような勝負を、ギリギリの思いで幾度も勝ち抜き、糊口をしのいだ。
泥棒市場
20代も終盤にさしかかった頃、一念発起し、まずは金を貯めて独立する事にした。必死で稼いだ軍資金は800万円。何をやるか悩んでいたある日、ふらりと入ってみた何軒からのディスカウントストアで「これだ!」と思った。その頃、ディスカウントストアは、各地にぽつぽつと登場し始めていた新手の業態で、当時は主に「質流れ品」を売っていた。とにかく安けりゃ売れるだろうという安易な素人考えもあった。
小売業の常識などなく、行き当たりばったりで、西荻窪の住宅街にある18坪の路面物件を借りた。しかし、この店舗は駅から遠く、車も停められず、幹線道路にも面していないという物販業に適さない物件だった。
質流れ品を扱うには古物商の鑑札が必要だったため、企業倒産などに伴う金融処分品、いわゆるバッタ商品に着目した。しかし、バッタ問屋で仕入れても安くなく、儲からない。ともあれ創業の店「泥棒市場」は船出した。
大型チェーン全盛期、個人経営の雑貨店など掃いて捨てるほどあった。18坪の零細店が注目されるには、強烈なネーミングにするしかない。個性的な店名も功を奏し、オープンの日は多くのお客様が詰めかけた。しかし売れたのは最初の3、4日くらいで閑古鳥が鳴いた。素人商法が通用するほど世の中は甘くない。「激安」を謳うわりには安くなく、品揃えも貧相で、バッタ屋には何度も騙された。全財産の800万円はあっという間に底をつき、金がないから仕入れができない、仕入れができないから売れなくなるという悪循環に陥った。
そこで戦略を切り替え、大手企業の裏口に日参し、廃番品やキズもの、サンプルや返品商品などの処分品を二束三文で分けてもらい、山のようなガラクタ商品を店内に積み上げた。そして、ダンボールに手書きのPOPを貼りまくった。これがドンキ名物となっている「圧縮陳列」と「POP洪水」の始まりだった。
ドン・キホーテの急成長の要因
①ナイトマーケットドンキ最大の成功要因は「ナイトマーケット」の発掘とその開拓にある。当時、店が最も混み合う時間帯は夜10時〜午前2時、アイドルタイムは午前10時〜午後2時と、一般的な店と完全に逆転していた。ドンキは今どきの若者の「夜の宝探しの場」として、彼らの潜在ニーズを顕在化させた。
②CVD+A
「より便利に(CV)」「より安く(D)」「より楽しく(A)」。世間に便利な店はあまたある。安い店もある。「便利で安い」に留まらず、「楽しさ」を付加する事により、初めて深夜営業も可能にする。
③トイレットペーパーからスーパーブランドまで
日常生活用品から食料品、雑貨、家電製品、高級ブランドまで、1ヶ所の店で何でも買う事ができる。約300坪の売場で約4万品目の品揃えがある。
④圧縮陳列
ドンキの広さはスーパーの1/5〜1/10程度しかない。だからこそ「圧縮陳列」が不可欠になる。これにより「売場探検」「宝探し」といった買い物の楽しさにつながり、ドンキにしか出せないエンターテイメントな雰囲気と魅力を醸し出す。
⑤脇役商品
知名度はないが中身のしっかりした価値ある商品を指す。例えば家電OEM製品の下請けメーカーが製造した商品など。脇役商品は圧倒的に仕入値が低い。
⑥POP洪水
面白さ、楽しさを演出する。まるで洪水のように、店内の至るところにカラフルなPOPが顔を出している。
⑦権限委譲と「主権在現」
仕入れから値付け、売場構成まですべての権限を各店の現場に丸投げする徹底的な「個店主義」を貫いている。各売場担当者には大幅な仕入権限と自由裁量権が与えられている。
⑧変化への対応力と「顧客最優先主義」
主権在現だからこそ、柔軟かつ臨機応変な変化への対応力がある。これこそドンキ最大の強みであり、流通業の要諦である。ドンキの仕事には「マニュアル」はない。もう1つの要諦は「顧客最優先主義」だ。
⑨顧客親和性
ドンキの現場従業員は、各売場で基本的に顧客親和性の高い者が優先的に配置される。例えば、ターゲットが若者の場合、若者が主体となって売らなければ商品は売れない。
⑩モノではなく「流通」を売る
流通とは生産と販売の間に介在し、それをスムーズにつなぐ付加価値の一切を指す。独自の集荷・品揃え、見せ方、売り方、価格、各種プロモーション、店づくり、さらに商品担当者の思いなどである。こうした流通行為が、モノに新たな命を吹き込み、他店では味わえない購買体験を提供している。