地方創生のドーナツ化現象
地方創生の掛け声の中で、多くの地域金融機関がベンチャー企業支援用のファンドを設立した。しかし実態は「金は用意したが、タマがない」と嘆いている。タマとは投資に値する有望な事業計画とチームを指す。創業支援制度も充実したが、地域における開業数上位は飲食店、小売業、美容室などの構造のままであり、新しい魅力を持った事業はなかなか生まれてこない。ビジネスプラン・コンテストやアクセラレータのような比較的新しい取り組みも動き出しているが、優秀な起業家を「待ち」、「選ぶ」やり方では地方ではほどなくタマが尽きてしまうのが現実である。
つまり、地方創生のための資金や制度などの外枠は充実してきたものの、肝心の中身となる起業家人材や新事業の種が希薄であり、地方創生の現場はドーナツのような空洞化現象を起こしてしまっている。真ん中で自ら悪戦苦闘しながら新しい事業を生み出そうとする人たちがいなければ、いくら外側で支援制度を充実しても変化は何も起こらない。
今必要なのは、輪の外側でそれらしい支援システムを作ることではない。優秀な起業家を待ち、選ぶといった「上から目線」の支援アプローチでは地域に変化は起きない。必要なのは、ドーナツの輪の中に入り込み、0→1の新事業の種の創出を、共にもがき楽しみながら実践するイノベーション支援である。
起業家を生み出すイノベーション・プログラム
イノベーション・プログラムは、地方において今までにない面白い事業、普通じゃない会社を多様に生み出していくことを目的としている。企業誘致が限界となった今、地方経済の活性化のためには「雇用」を作るのではなく「経営者」を創る必要がある。
たとえスケールしなくても、自分の人生を創造的に生きるための小さな起業がたくさん創出され、それら個々の創造的起業家が互いに刺激・触発し合い、組み合わさることによってさらに新しいプロジェクトを生み出していく循環が作れれば、地域のや駆動力は中期的に生産されていく。短期的な経済効果は期待できないかもしれないが、10年、20年かけてでも、地方で主体的に挑戦するイノベーション・コミュニティを創ることが、イノベーション・プログラムのゴールの1つの姿である。
現在、イノベーション・プログラムは全国4圏域にまで拡大した。2015年に北海道十勝地域、2017年は沖縄、2018年は新潟と山陰でプログラムが始まっている。各地域共に一過性のプログラムで終わらず継続しており、各地で創造的起業家たちが徐々に増殖してきている。5年間で4地域に生まれた起業家数は500名を超え、100を超える新事業チームが活動中であり、新会社として法人化したものも20社近く誕生している。
最も大事なことは起業のモチベーションを生み出すこと
最も必要な支援は事業計画の知識やスキルではない。それよりも先に、「イノベーションって面白い」「自分も創造的な事業を作り出したい」といったモチベーションが参加者の心に生まれることが大事である。そのモチベーションに火を灯すのは、イノベーションや起業の理論ではなく、地方創生の大きな志でもない。普通の人が創造的起業家に変化する第一歩に最も有効なものは、自らリスクをとって創造的事業を動かしている生身の革新者たちと出会い、そのあり方に衝撃を受けることである。
人が本当に変わるのは「遭遇」によってのみだ。革新者と出会うことによって、参加者たちは「すごい人がいる」と衝撃を受け、「そんなことが実際にできるんだ」と可能性を信じ、「自分には何ができるだろうか」と主体的な意識変容が始まる。
イノベーション・プログラムでは、革新者たちに実際に地域の現場まで来てもらい、参加者たちと直接交流するセッションも設けている。この時参加者は、革新者の斬新なビジネスモデルを学ぶだけでなく、その価値観や人間性にも触れ、全人格的な接触を通じて自分の存在のあり方を揺さぶられることになる。
イノベーション・プログラムの特徴
①ベンチャー論にとらわれない
②0→1のステージに向き合う
③本物と出会い、生の触発を受ける
④ニーズを探すのでなくウォンツを創造する
⑤クレイジーとリアリティの双方を鍛え上げる
⑥事業プランと事業チームを両方生み出す
⑦挑戦者コミュニティとしての文化を耕す