知識があってもミスは防げない
1970年代にサミュエル・ゴロビッツとアラスデア・マッキンタイアという二人の哲学者が書いたエッセイには、人間が失敗する原因の多くは「無理」にあるとしている。科学技術の助けを借りても、人間の肉体と精神には限界がある。
一方で、高層ビルの建設、大雪の予知、心筋発作の患者の治療など、私たちが対処できる領域では、失敗の原因は2つある。「無知」と「無能」である。人間の歴史の大半では「無知」が一番の問題だった。その最たる例が病気である。しかし、ここ数十年、私たちは急速に知識を得たことで、「無能」がより重要な問題になりつつある。
医学の進歩は、医者に6000の薬と4000の手技を与えたが、それぞれに使用条件、リスク、注意点がついてくる。正しい治療法を知っていても、手順を一つも誤らずにそれを行うのは非常に困難である。医療に限らず、知識と技術はどの分野でも驚異的に発達しており、その分だけ使いこなすのが難しくなってきている。
チェックリストが有効
ソフトウェア開発者、投資家、弁護士、医者、現代の職業の多くは、どれも複雑な仕事ばかりである。一人の人間がそれらの仕事をするにあたって、2つの問題がある。
①人間の記憶力と注意力の危うさ
②手順を省く誘惑
最低限必要な手順を具体的に示してくれるチェックリストは、これら問題への有効な対策となりえる。
利用事例
1935年、アメリカ陸軍航空隊がコンペを開催した時、ボーイング社のモデル299は離陸後、墜落し大爆発した。墜落の原因は「パイロットのミス」だった。
陸軍は、解決策として、パイロットのトレーニングではなく、パイロットのためのチェックリストを作った。モデル299の操縦は非常に複雑で、パイロット一人の頭脳に全てを任せきれないほど、飛行機は進歩してしまっていた。
彼らの作ったチェックリストは、ハガキ大のカードに収まるくらい短く簡潔だった。ブレーキは解除されているか、機器は正しくセットされているか、ドアと窓は閉じられているか、当たり前のことばかり書かれていたが、効果は絶大だった。彼らはモデル299を無事故で180万マイル飛ばすことに成功した。
これ以降、航空業界ではチェックリストが利用され、ミスの防止に役立っている。
良いチェックリストの作り方
チェックリストには、良いものもあれば、悪いものもある。
悪いチェックリスト
・曖昧でわかりにくい
・長過ぎて使いにくく、実用に適さない
・現場を知らないデスクワーカーによって作られる
良いチェックリスト
・明確である
・効率的で、的確で、厳しい状況でも簡単に使える
・全てを説明しようとせず、重要な手順だけを忘れないようにさせる
・実用的である
どんなに良いチェックリストも渡しただけでは誰も使ってくれない。航空業界では、パイロット達は真っ先にチェックリストを手に取るが、理由は2つ。
①人間の記憶力と判断力は不確かだと、航空学校入学当初から叩き込まれる
②チェックリストに実績があり、信頼を得ている
チェックリストを使え
アメリカ国立衛生研究所は年間300億ドルの予算を使い、次々と医学の発見をしている。だが、それらの発見をどうやって医療の現場に取り入れていくかについてはあまり考えていない。失敗の原因を究明する機関もなく、使いやすいチェックリストを作る者もいない。
数多くの分野が医療と似たような状況にある。教育、法律、行政、金融などでも、ミスが繰り返し起きていても何も対策を講じない。ひたすら努力を重ねる以外の解決法はないと思い込んでしまっている。
複雑化した現代では、素晴らしい能力とやる気を持った者でさえも、同じミスを繰り返している。今までのやり方を変え、チェックリストを利用すべきである。