三位一体の経営
投資家という存在の種類は千差万別。その中でも、限られた数の会社だけを厳選して長期投資する「厳選投資家」の思考と技術は「攻めと守りを兼ねた妙手」を生み出す。厳選投資家とは、2σ(偏差値70)という滅多にないレベルの優れた企業を探し出し、その経営の優秀さに賭けることで、株式市場の荒波を長期間にわたって乗り切っていこうと考えている投資家のことである。日本の株式市場には約4000社の上場企業があるが、偏差値70は上位2.275%なので、投資候補はわずか90社しか存在しない。この上位2σの選択基準にこそ、経営者が「みなで豊かになる経営」を目指す際に参考にすべき「何か」がある。
経営者と従業員がコミットし、二人三脚的に作り上げてきたこれまでの日本的経営に、厳選投資家を加えた新たな経営モデルを構想し、実践する。これが「三位一体の経営」である。まずは経営者や従業員が十分に自社株式を持つ。既に会社にコミットしている皆が、経営の長期的成果を享受できる構えを作る。その上で、「厳選投資家の思考と技術」を理解し、経営に取り込む。
厳選投資家の思考と技術
「みなで豊かになる」ためには、10のステップを踏むことが必要になる。
①「みなで豊かになる」鉄則を理解する:複利
みなで豊かになるためには、最低限「複利」を守らなければならない。元本の運用から生じたリターンを再投資しないのが「単利」、再投資するのが「複利」ということになる。厳選投資家は「複利の力」を何よりも重視し、「複利の経営」を行なっている会社を選ぶ。
- 額の経営:売上や利益の額を重視する
- 率の経営:利益率を重視し、効率よく利益を上げる
- 利回りの経営:資本利益率(ROE、ROIC、ROA)を重視し、元手に対して効率よく利益を上げる
- 複利の経営:長期持続的な資本利益率を重視し、複数年で利回りを上げる
複利の経営は、「利回りの経営」のように投下資本に対する単年のアウトプットの大きさを喜ぶのではなく、そのアウトプットを再投資に回すことで追加的なリターンを得ていく。これを高い水準で長期間持続させることによって、投下資本そのものが増殖していくことを狙う。これが「みなで豊かになる」鉄則である。
②「みなで豊かになる」フェアウェイをキープする:超過利潤
「どのレベルの複利を出せば良いか」という問いに答えると、「超過利潤」が出せるレベルまでということになる。「資本コスト」を超える利回りを出し、それを複利で回していく。
超過利潤=資本生産性 – 資本コスト
超過利潤を上げられない会社が大きくなっていくことは、「成長」ではなく「膨張」である。
③まずは十分な利益率を確保する:事業経済性
超過利潤を出すためには、最低でも競合他社に遜色なのない十分な利益率を出すことが必要である。横軸に規模を置いて縦軸に収益性(利益率)を置くと、世の中の事業は4つに分かれる。その事業には差別化の要素がたくさんあるのか少ないのか、そして規模の大きさと優位性の間に関係があるのかという2つの判断軸で分ける。
- 規模型事業(差別化少×規模の優位性大):規模が大きいほど儲かる
- 分散型事業(差別化多×規模の優位性小):小規模のプレイヤーが多数乱立する
- 特化型事業(差別化多×規模の優位性大):特定分野だけ規模の経済が効く
- 手詰型事業(差別化少×規模の優位性小):誰がやっても儲からない
1つの業界の中では、儲けの出方がほぼ自動的に決まっている。それは、事業が内包しているコスト構造が、決定的な役割を果たすからである。事業を拡大するために顧客や展開地域、商品の数や種類が増えても、それに比例して増加しないコストを「共有コスト」という。比例して追加的にかかるコストを「固有コスト」という。規模の経済が全社レベルで効くためには、コスト全体の中で共有コストが大きな比率を占めている必要がある。これを理解せずに、むやみに会社の規模を追求しても、超過利潤を生み出すどころか、業界平均並みの収益率すら出せない。
④「利回り」を作り、守る:障壁
業界平均以上の利益を作り出し、それを守り抜くものが「障壁」である。長期投資家が認める「障壁」は、3つしかない。
- コスト優位性:競合には真似のできないような低コスト構造を作り込む(低原価、独占的な技術)
- 顧客の囲い込み:人間の本性を見定めた障壁を構築する(習慣化、スイッチングコスト、サーチコスト)
- 規模の経済との組み合わせ
厳選投資家にとって「戦略」とは、「障壁によって超過利潤レベルの利回りを獲得し、障壁によってその利回りを長きにわたって防御する構造」だと集約される。