イノベーションの実験場
都市国家シンガポールがこれまでやってきたことといえば、先進技術を持つ企業と、優秀な人材を世界中から呼び寄せたということに尽きる。自国になければ海外から持ってくる。そうすることで国内に雇用が生まれ、優秀な人材が育つ。この明快な図式を50年も前から実直に粘り強く続けてきた。その時代その時代のシンガポールの国情に合った産業戦略を立て、海外企業を誘致してきた。そして2000年代、シンガポールが大きく飛躍したのは、国まるごと「イノベーションの実験場」にする戦略を打ち出したからだ。
シンガポールが提供する「実験場」は、事業用スペースや資金、法規制、海外赴任者の居住環境の整備といったハード面、制度面だけではない。売りにしたのは「情報」と「人」と「サービス」だ。アイデアや要素技術を「実証」し、スピーディに「事業化」するためのエコシステムをつくり上げていった。そして今や、シリコンバレーに比肩して語られるほどの「先端ビジネスの発信地」になった。
イノベーション大国
ASEAN、中国やインドを含めたアジア市場を攻略する際に、多くのグローバル企業がシンガポールに前線基地を構える。それはシンガポールが地勢的にASEANの中心に位置し、交通や物流の要所であり、インフラが整備され、法制度などのビジネス環境が整っているからだけではない。
シンガポールは「イノベーション大国」を自任する。資源に乏しく、国土は狭く、人口も560万人ほどの都市国家が、2007年にはあっさりと一人当たりGDPで日本を抜き去り、現在は米国と争うまでの経済先進国に上り詰めたのは、その時代その時代に合った産業戦略を打ち出し、着実に実行してきたからと言われる。
徹底した経済合理主義の下、シンガポールは世界から多くの投資を呼び込むことで国を発展させてきた。日本をはじめとする最先端テクノロジーの開発企業を数多く誘致し、特に2000年に入ってからは自国をイノベーションの実験場とすることで多くのビジネスを生み出し、急成長を遂げた。最大の強みは、イノベーションの「実証」から「事業化」に至るスピード。それを可能にしているのが政府の手厚い支援である。世界のグローバル企業と共にビジネスを創り上げていくことがシンガポール政府の戦略の要であり、高度な技術開発力と熱意のある企業に対して支援を惜しまない。
シンガポール政府は技術革新の源である製造業を非常に重視し、国の基盤であると考えている。GDPにおける製造業の比率を20%以上にするという目標を掲げ、その強化に余念がない。
シンガポールにおける4つの事業戦略
目下、シンガポール政府が重点的に取り組んでいるのは、2014年に発表した「スマート国家」戦略だ。同国において少子高齢化や交通渋滞、環境などの社会問題が深刻化する中、国民の暮らしに配慮した戦略に力を入れ始めている。スマート国家戦略では、ビッグデータやIoTなどの最新ICT技術を導入することによって、高齢化など国が直面する課題の解決を図りながら、経済競争力を強化する方向性を打ち出している。
こうした戦略をにらみながら、ビジネス機会を見つけていくにはどうすればいいのか。同国で事業展開している日本企業の戦略は4つに分かれる。
①ASEAN新興都市の旺盛なインフラ需要を取り込む起点として活用する
②最先端テクノロジーの研究開発拠点を置き、ここで生まれたイノベーションをASEAN、世界に横展開する
③ASEANの拡大する個人消費市場をいかに取り込むかというマーケティング戦略の場とする
④化学工業や機械工業、金属加工業など、高度経済成長を支えた製造業の高付加価値化への挑戦を行う