集中力はいらない

発刊
2018年3月6日
ページ数
216ページ
読了目安
212分
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新しい発想を得るためのヒント
集中することは必ずしも正しいとは限らない。人気作家が、発想を得るためには、むしろ集中することが邪魔になると説き、新しい発想を得るためのヒントを紹介しています。

集中することが良いとは限らない

「集中」や「集中力」は求めるべきもの、高めるべきものと信じて疑わない社会的な傾向が既にあって、その理想に向けて鍛錬しなければならない、と教えられる。それに合う人はいいが、タイプが合わない人間には、むしろ逆効果になりかねない。運動に向き不向きがあるように、頭脳の働き方にも向き不向きが当然ある。

発想が求められる仕事では、インスピレーションが成果のほとんどである。この「発想」には、いわゆる1つのことしか考えない「集中」が逆効果である。むしろ、別のことを考えていたり、あれもこれもと目移りしていたりする時の方が、発想しやすい。ヒントはいつも、ちょっと離れた所にあるからだ。一点を集中して見つめていては、その離れたものに気づくことができない。

発想は集中から生まれない

どんな時に発想が生まれやすいのか。要素は2つある。

①そのことにまず集中している期間が事前にあったこと
②一時的にそれから気を逸らさなければならない事態になること

発想は集中している時間には生まれない。事前にそればかり考えていた期間があると言っても、これはずっと一点に集中しているわけではない。最初のうちは焦点が絞られ、集中している思考と言えるものの、問題が解けないため、別の道はないか、他に手はないのか、何か使えそうなものはないか、同じような傾向がどこかにないか、とだんだん思考が発散していく。そういった「きょろきょろ辺りを見回す」思考を長時間続けた後、突然、何も考えない空白の場に置かれた時に、発想は生まれる。

情報を鵜呑みにしない

発想を求めるような作業では、一点を見つめるような集中はかえって逆効果であり、常に辺りを見回すような「分散思考」が有用である。

物事にのめり込まない、あるものを見ていても常に別の視点から見ようとする、同時に逆の立場から考える、自分の抱いた感情や自分の意見に対して、すぐに反論を試みる、常識的なもの、普通のものを疑ってかかるなど、「天邪鬼な頭」から発想は生まれる。

大事なことは、まずは観察すること。この観察したものは素直に捉える。自分の目で見たもの、自分が実際に試したものは、見間違いや勘違いがない限り正しい。しかし、それを自分の頭にどう入れるのか、という部分では注意が必要で、絶対に鵜呑みにしてはならない。

雑多な情報の中から何を選ぶのか、という問題ではなく、その情報をどう加工して自分の頭に入れるのか、というところが肝心である。つまり自分が持っている知識や理屈と照らし合わせて、フィルタリングしたり、推測を行ったりする。そのために、まず自分の知識と理屈を持っている必要がある。

考える力は「分散」と「発散」から生まれる

分散することは、抽象的な視点、抽象的な思考に結びつくし、それが偶然に現れる「発想」が芽生えやすい土壌を作っているかもしれない。

抽象的な思考ができると、偶然目に飛び込んでくる色々なものに、時々ふと目が留まる。これは使えそうだな、という予感がするし、これを利用したらもっと面白くなりそうだと考える。具体的に決めていないので、偶然思いついたものを簡単に取り込むことができる。

そもそも研究とは、問題を見つけることから始まる。問題を探す頭は、間違いなく分散思考、発散思考をしている。そして、何らかの発想を得て、それから先は、集中思考で問題を解決していく。