ベンチャークライアントモデルとは
スタートアップの技術をいち早く採用することで、製品やビジネスモデルの革新、業務プロセスや企業文化の変革といった事業目標が達成され、収益の向上もしくはコスト抑制が促進され、企業の競争力が向上する。スタートアップを競争力の源泉にしようという傾向は、近年ますます強まっている。
競争優位を得るために重要なのが、差別化の源泉となる「とびっきり」のスタートアップと組むことである。
BMWが生み出した新しいオープンイノベーション手法「ベンチャークライアントモデル」は、戦略的利益の実現を目指して「スタートアップの顧客になる」手法である。
「大手企業が直面する最も差し迫った戦略的課題を解決することのできる世界トップクラスのスタートアップ企業のソリューションを発掘、試験購入、導入し、経済的効果(売上の増加、費用の削減)を実現するためにスタートアップの顧客となる一連の手法」と定義される。
海外ではBMVの他にボッシュ、シーメンス、ロレアル、エアバスなどが採用し、10を超える業種で活用が始まっている。
競争優位を継続的に維持するためには、顧客となるより排他的な契約を結んだり、買収したりした方がよい場合もある。但し、企業があるスタートアップを買収した場合、企業の競合が取引から手を引く可能性が高い。この場合売上の減少に加え、製品やソリューションを継続的に改善するための顧客フィードバックの機会を失ったり、保守などのサービスレベルが低下したりする恐れもある。取引社数が一定以上ある場合には、買収後にスタートアップの売上や企業価値が減少し、買収元の企業で損失が計上される可能性がある。このような製品や技術を買収で独占的に使用することによるデメリットを認識した上で、メリットを天秤にかけなくてはならない。買収ではなく、排他的な契約の場合も同様である。
トップクラスのスタートアップが大企業に求めているのは、ビジネスへの助言でも資本でもなく、顧客となることである。スタートアップは自社の成長を阻害する可能性のある排他的権利の要求や知的財産への制限を極端に恐れ、シンプルに顧客になってくれる大企業を歓迎する。
ベンチャークライアントモデルは、スタートアップ側が懸念するような、成長を阻害する可能性のある排他的権利の要求や、株式投資やM&Aを通じた支配権の獲得を一切行わない。これによりスタートアップは安心して大企業と取引を行うことができる。
ベンチャークライアントモデルを構成する5ステップ
ベンチャークライアントモデルを活用する企業は、スタートアップにしか達成できない技術を活用して、次世代製品の創出による収益向上や、オペレーションの劇的な改善による費用削減を目指す。この際に重要となるのが、戦略の策定である。これにはスタートアップの顧客になることに対するビジョンの共有、どれほどの経済効果を目指すのか、どのような領域でスタートアップの力を活用したいか、主にどのような事業部や部門が関与すべきか、などが含まれる。
全社の中期経営計画および事業部やR&D部門の目標と連動したベンチャークライアント戦略を持つことにより、企業としてのコミットメント、実効性が生まれる仕組みを担保することができる。
戦略的な取り組み領域を特定した後には、5つのフェーズからなるプロセスを進める。
①Discover(課題とソリューションの特定)
既知の課題及びまだ知られていない課題と、それを解決できる可能性のあるスタートアップを特定する。実際に製品やサービスの使用者となる事業部にとっての、潜在的な戦略的ビジネスインパクト(収益貢献額、費用削減額)の大きさ、課題解決の緊急性、ソリューション関連性を含む実現可能性などに焦点を当て、課題に優先順位をつけることが最も重要となる。
②Assess(評価)
リストアップしたスタートアップを詳細に評価する。既存のソリューション提供企業よりも課題を解決するための優れたソリューションを所有しているのはどのスタートアップかを、評価項目に基づいて評価していく。
③Purchase(購入)
戦略的課題を解決し競争優位性を実現できそうか、実際の環境に適合するかの検証ができ、本格導入できそうかの意思決定ができる必要最低限の量を購入する。
④Pilot(試用)
購入したスタートアップのソリューションが実際に戦略的なインパクトをもたらすことができるかを具体的に検証する。優秀なベンチャークライアントはパイロットを通じて、最先端の技術について学び、顧客に刺さりそうなソリューションになっているかも学ぶ。
⑤Adopt(本格採用)
製品やオペレーションプロセスへの統合を行う。本格採用にあたっては、スタートアップとの資本関係を築くかの選択も重要となる。場合によっては、排他的契約や資本関係を構築するメリットが大きい場合がある。