世界的な決済システム「ペイパル」
今知られているペイパルは2つの会社が合体して生まれた。一方の会社コンフィニティは、1998年にマックス・レヴチンとピーター・ティールという無名の2人が設立した。コンフィニティはやがてお金とメールを結びつける「ペイパル」の枠組みを開発し、オークションサイトのイーベイの利用者に熱狂的に受け入れられた。
だが当時、デジタル決済を手がける企業はコンフィニティだけではなかった。イーロン・マスクが最初のスタートアップを売却した直後に立ち上げたX.comもメール送金サービスを提供した。マスクはX.comを足掛かりに金融サービスに革命を起こそうとした。X.comを「すべての金融商品・サービスをまとめて提供し業界を支配する、アルファベット一文字のウェブサイト」として打ち出した。だが戦略転換後、金融サービス全体に切り込む踏み台として、コンフィニティと同じオンライン決済市場を狙うことにした。
コンフィニティとX.comは、イーベイでの決済のシェアをめぐって競争心を燃やし、死闘を繰り広げ、ついに苦渋の合併に至った。その後の数年間、合併後の会社は存続の危機にさらされ続けた。ペイパルは当初から訴訟や不正利用、模倣に苦しめられ続けたスタートアップだった。草創期には決済市場に新規参入した10社以上の競合と戦いつつ、ビザやマスターカードなどのクレジットカード会社や巨大銀行などの既存企業の参入にも耐えた。
そして、ペイパルは2011年、IPOを成功させ、イーベイへの15億ドルでの売却を果たした。その後イーベイから分社化され、現時点で時価総額はほぼ3000億ドルの巨大企業になっている。
ペイパルの成功要因
ユーチューブ、テスラ、スペースX、リンクトイン、イェルプ、パランティアなどの現代を代表する諸企業をつくったのは、ペイパルの初期社員だ。グーグルやフェイスブック、シリコンバレーの主要なベンチャーキャピタルなどの要職に就いた出身者も多い。ペイパル出身者はこの20年間、シリコンバレーのほとんどの主要企業の創設、資金提供、支援にあらゆる形で関わってきた。彼らは史上最強のネットワークを築き、その力と影響力は「ペイパルマフィア」という呼び名に表れている。
創業者たちは、当時は「企業文化」について多くを語らなかったが、ペイパルの文化がシリコンバレーの一世代の人々の考え方に影響を与えたことは疑いがない。彼らがペイパルでの経験をその後の取り組みに生かしているのは明らかだ。何より、彼らは才能豊かな異端児が業界全体を転覆できることを、ペイパルを通して証明した。その手法を、ビジネス向けSNSから政府契約、インフラ構築に至るまでのあらゆる分野で再現している。
「僕らがペイパルの経験から学んだのは、優秀な者たちが勤勉に働き、誰も見たことのないテクノロジーを駆使すれば、実際に業界に革命を起こせるということだ」とホフマンは語る。
ペイパル出身者は、経験不足を強みとみなすようになった。事務責任者のローリー・シュルティスは、ペイパルでは未経験者を積極的に採用していたと言う。「ペイパルでやる仕事に先入観を持って欲しくなかったから。全く違う角度から、自由な発想と新しい視点で考えられる人、どこそこの銀行ではこうやっていたからここでもそうすべきだ、なんて言わない人を探した」
レヴチンはペイパルの採用基準に一風変わった条件を加え、それがペイパルの成功と出身者たちのその後の活躍に一役買ったと自負している。最初期の社員の多くは、雇われ人であることを好まなかった。「どんな仕事のどんな職務についても言えることだが、トップクラスの人材とは『誰かの下で働くのはもうこれで最後にしよう』と思っている人だ。『この次は自分で起業する』と考えている人だ」とレブチンは語る。「そういう人材をできるだけ多く集めたことが、会社の成功を決めた。だからこそ、あれだけ多くの起業家が巣立っていったんだ」
とは言え、こうした社員の属性は、ペイパルの成功の一因でしかない。他の成功要因の1つは、プロダクトへの飽くなきこだわりだ。「僕らは可能な限り最高のプロダクトをつくることに徹底的にこだわった。プロダクトそのものが、巨大な営業部隊やマーケティングの仕掛けよりも、はるかに有効な販促ツールだった」とマスクは振り返っている。
そして、ペイパル出身者の多くが指摘する、大きな成功要因の1つが「幸運」だ。ペイパルが成功したのは「何を」提供したかだけでなく、「いつ」提供したかによるところも大きい。それに1億ドルの資金調達ラウンドが完了したのは、バブル崩壊直前だった。
ペイパルの登場もタイミングに恵まれた。すでにメールアドレスは普及し、インターネットは必需品になっていた。もし登場が1年前後していたら、この時代の数十社の決済スタートアップと同じく不発に終わっていた可能性は十分ある。また、ペイパルはイーベイを通じて活発で声高なユーザーを味方につけ、プロダクト普及に手を貸してもらうことができた。
ペイパルの成功物語の核心には幸運があったからこそ、ペイパル出身者は「成功すべくして成功した」という神話をきっぱりと否定する。成功するかしないかは、実際には紙一重の差だ。