ハリウッドを脅かすネットフリックス
新型コロナパンデミックで世界的に巣ごもりが拡大し、自宅で動画を見ながら過ごす世帯が急増した。その恩恵を受けたのが、ネットフリックスである。2020年4月には時価総額でウォルト・ディズニーを上回り、市場では世界最大のメディア企業の称号を与えられた。
有料会員数は2020年6月末時点で1億9295万人。有料会員の好調な伸びは、オリジナルコンテンツを豊富に提供できたことによる。ネットフリックスは、2020年向けのオリジナル配信作品の多くを、新型コロナの前に撮影済みだった。パンデミック期間に提供したオリジナル作品のエピソード数は、アマゾンプライムビデオの4倍にも上った。そして、コロナの影響で欧米のスタジオの再開が滞っている中、韓国や日本では撮影を再開し、順次市場に提供していった。
ネットフリックスは当初、映画やテレビ番組の配信権をハリウッド大手メディアから購入していたが、まもなく配信権の購入が高くつくことに気づき、2010年以降はオリジナル作品の制作に力を入れた。ネットフリックスのコンテンツ投資は、他のメディア企業に比べても一際大きい。世界中の加入者から集まった資金を惜しみなく、より良いコンテンツ作りに回す。2019年度は、約1兆5000億円ものお金をコンテンツに投じ、その8割がオリジナルコンテンツ制作に投入された。またネットフリックスは、ハリウッドのど真ん中に自社スタジオを設け、既存スタジオから優秀な人材をどんどん引き抜いている。
事業転換を図るディズニー
順調に成長してきたネットフリックスだが、ディズニーやアップルがストリーミング配信に参戦し、自国内での競争は激化している。豊富な映画・テレビ作品を所有しネットフリックスへも作品を提供してきたハリウッドは、その成長に危機感を抱き、ネットフリックスへの作品提供をやめ、自社によるストリーミング配信を強化している。その代表例がウォルト・ディズニーで、2019年11月にディズニープラスを開始した。ディズニープラスは、ヨーロッパ主要国までサービスを拡大し、2020年6月末の加入者は5750万人、フールーなど他のストリーミング配信と合わせた加入者数は、1億人を突破した。
2020年10月、ウォルト・ディズニーは大胆な組織改革を断行した。その目的は、D2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)で、ディズニーのコンテンツを直接消費者に送り届けることを最優先するビジネスへと舵を切ること。そしてその配信経路として、インターネットを利用する「ストリーミング・ファースト」を掲げた。新型コロナの影響で、映画館・劇場の閉鎖が続き、しかも再開しても人数制限は免れない。一方、自宅でネット動画を楽しむ世帯はますます増え続ける。ニューノーマル状態が数年続くと予想されるからだ。
ディズニープラスには、2020年度の20億ドルから2024年には80〜90億ドルと4倍以上の投資をする。そして配信事業全体の投資額は、140〜160億ドルに上ることが明らかになった。
これからのメディア産業の形
ネットフリックスは、視聴者データの分析をすべてのビジネスの出発点とする。膨大な視聴パターンを分析し、個人の好みに合わせて作品を紹介する仕組みを提供する。また通信環境が悪い地域でも高画質での視聴を可能にする画像データの伝送など、テクノロジーでビジネスを拡大しようとする。そのためにAIなど最先端の技術分野に毎年大きな投資をする。
コンテンツと技術への投資は、顧客の視聴体験をますます向上させ、さらなる加入者の増加に繋がる。それが世界中に広がると、規模の経済が働き毎月の収入が増えていく。そして、さらなるコンテンツ投資が可能になる。
一方、ハリウッドビジネスは、こうした好循環の実現は難しい。映画やテレビドラマの企画ごとに資金調達をする旧来型のビジネスモデルで、コンテンツの制作・劇場公開を進める方式だからだ。このモデルでは、映画館興行から始まり、しばらく経ってDVDを販売。その後、ケーブルテレビなど有料放送への提供、2年くらい経って最後に地上波無料放送という流れだ。
興行でどれほどの収入があるかは、事前プロモーションにかけるお金にも左右されるが、公開してみなければわからない。このため、映画会社は次の作品へどのくらい投資できるのかを見通すことができず、積極的な投資が難しくなる。明らかに流れはストリーミングに有利になってきている。
これまでのビジネスなら映画を劇場公開すると、興行収入は劇場と折半するのが一般的だったが、ストリーミング配信の場合、収入の大半が作り手の手元に残る。ビジネスとしてもストリーミング配信の方が高収益を得る確率が高まっている。
こうした旧来のハリウッドビジネスの慣行を打破し、ネットフリックス型の新たなビジネスモデルを導入しようとするのが、ハリウッドの新しい潮流である。