ダマシオ教授の教養としての「意識」 機械が到達できない最後の人間性

発刊
2022年8月3日
ページ数
216ページ
読了目安
215分
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意識が生じる仕組み
脳科学の研究における第一人者である著者が、意識の構造と仕組みを解き明かしている一冊。生命の進化の過程によって、段階的に得られた生命維持の仕組みの延長に「意識」という仕組みが構築されたとし、これまで解明されていなかった意識の謎を解説しています。

生命を維持する仕組みの進化

生命は、言葉や思考、感情や理性、心や意識などが一切存在しない状態から船出した。それでも、生物は他の生物を感知し、周囲の環境を感知していた。感知とは最も初歩的な種類の認知と言える。

生物は自分が感知したものに対して、生命の維持に役立つ反応をしてきた。単純な生物の賢さというのは、今日の人間の心が用いるような明示的な知識(表象やイメージを必要とするような種類の知識)に頼っていたわけではない。ひとえに生命を維持するという目的を念頭に置いた非明示的な知性こそが、ホメオスタシス(恒常性)の規則や調整に従って生命を管理してきた。このホメオスタシスの指令のおかげで、様々な栄養素の存在や、一定水準の体温やpHなど、生命が依存しているパラメーターが最適な範囲内に保たれるのだ。

 

生命誕生から35億年後、いくつもの系からなる多細胞生物が全盛期を迎えると、新たに進化した神経系と呼ばれる調節装置がホメオスタシスを支えるようになった。そうした神経系が、様々な活動を管理するだけでなく、様々なパターンまで描き出せるようになった。その結果、マップやイメージが姿を現し、心が生まれた。それは、神経系が実現した、感情や意識を持つ心である。それから数億年かけて、少しずつホメオスタシスは心によって部分的に管理されるようになっていった。こうなると、生命をより良く管理するのに必要なのは、記憶済みの知識に基づく創造的な推論だけだった。

感情と創造的な推論は、意識が実現したい新しいレベルの生命管理において、重要な両輪を担うようになった。こうした進歩は、生きる目的を一層強化した。自身の知的創造物を体験することで得られる多幸感もまた、生きる目的の1つへと加わったのだ。

 

心を持たない単純な生物が備えているのは、非明示的で非意識的な知性のみだ。こうした生物の知性には、明確な表象が生み出す豊かさや力が欠けている。一方、人間にはその両方の種類の知性がある。

感知はごく初歩的なステップであり、感知の能力はすべての生物に存在すると信じている。心はその次のステップであり、心の重要な構成要素である神経系や、表象やイメージの構築が必要になる。心的イメージは、時間的に淀みなく流れ、新しいイメージを生み出すために限りなく操作することが可能だ。こうした心こそが感情や意識へと至る道を切り開く存在なのである。

 

神経系の進化が感情を生み出し、生命の体験を与える

意識は神経系を持つ生物にしか完全には生じない。意識が存在するためには、神経系の中心部である脳そのものや、神経系以外の様々な身体部位との豊かな相互作用が欠かせない。神経系が身体との融合にもたらすのは、イメージを構成する空間的パターンを構築することによって、知識を明示的なものにする能力だ。神経系は、イメージとして描き出された知識を記憶し、イメージを操作するのにも役立つ。それにより、内省、計画、推論、そして究極的には記号の生成や、全く新しい反応、人工物、アイデアの創造が可能になる。

神経系がもたらした新たな現象や機能は、生命の維持に役立つという、たった1つの目的のために元々存在していた生物の非明示的な知性や、認知の能力のなし得る範囲を大きく広げた。

 

神経系は、複雑な身体の動きと、心の誕生の両方を実現する。感情は、心の現象の最初の例の1つである。感情があるからこそ、生物は食べる、飲む、排泄するといった生命維持に欠かせない内臓機能の調整、恐れ、怒り、軽蔑を感じている最中に生じる防御姿勢、協力などの社会的な協調行動や葛藤、繁栄、喜び、高揚の誇示、さらには生殖に関連する行動の誇示などを行なっている自分自身の状態を、各々の心に描き出すことができる。

感情は生物に自分自身の生命の体験を与える。感情は、その生物に対して、自分が生きることにどれくらい成功しているのか、という相対的な評価を与えるのだ。これは、快/不快、強い/弱い、といった質の形式をとる自然な成績評価だ。

 

感情は「自己」の創造に貢献する重要な要素だ。自己とは、その生物の状態によって命を吹き込まれ、身体という枠組みの内部に固定されていて、視覚や聴覚といった感覚系が提供する視点によって方向づけられる心的プロセスのことだ。

存在と感情が構造化され、機能し始めると「認識」を構成する知性を養い、拡張することができるようになる。感情は、身体内部の生命の状態に関する知識を私たちに与え、即座に、その知識を意識的なものに変える。

存在、感情、認識に関わる3種類の処理の連携した機能によって初めて、そのイメージを私たちの生体と結びつけられるようになる。イメージを私たちの生体へと参照し、その内部に位置付けることができるようになる。そこまできて、体験なるものが生まれる。一旦体験が記憶され始めると、感情と意識を持つ生物は、多少なりとも包括的な自分自身の生命の歴史を保持できるようになる。

 

感情が存在し、感情の主体が特定されれば心に意識が宿る

意識は、私たちが「心」と呼ぶ心的イメージの流れに、その心の感情的かつ事実的な意味での所有権を表す心的イメージが追加されることによって構築される。意識にとって重要なのは、意識を実現するイメージの内容と、それらの内容が自然と提供する知識の2つだ。イメージにとって必要なのは、イメージの所有者の特定に役立つ情報を備えていることだけなのだ。

 

感情があるからこそ、私たちは物事を体験し、意識を持ち、私たち自身の存在を中心として、心の中に保持されたものを統合することができる。中でもホメオスタシス由来の感情は、意識を実現する最初の担い手と言える。意識を実現する感情は、次の2つの主な現象を並列させたものである。

  1. ホメオスタシスによって刺激されたその生物の内部構成の変化について、詳しく描き出す体内イメージ
  2. マップとその体内の根源との相互作用について詳しく描き出し、その過程で、マップがその生物の内部でつくられたものであることを自ずと明らかにするイメージ

この所有権の発見は、生物の状態と、その生物の内部で生成されたイメージの相互的で明確な影響から生じる。意識とは、心を流れるイメージの中に「これらのイメージは私のものであり、私自身の生体の内部で生じていて、この心もまた私のものである」という概念を自ずと生じさせるのに十分な量の、知識の集まりと言える。