インベンション 僕は未来を創意する

発刊
2022年5月25日
ページ数
464ページ
読了目安
646分
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ダイソンの創業物語
サイクロン式掃除機で知られるダイソンの創業物語。創業者のジェームズ・ダイソンが、ものづくりに目覚め、ダイソンを創業するまでの紆余曲折を語っています。
サイクロン式掃除機はどのようにアイデアが着想され、どのように生み出されたのか。発明の本質が描かれています。

ものづくりを学ぶ

ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のインテリアデザイン過程で学ぶ中で、幸運な偶然から、エンジニアリングにのめり込むことになった。ある集会で、有名な演出家ジョーン・リトルウッドに出会い、劇場の建築設計を手がけたのが縁で、ジェレミー・フライと知り合った。他の誰よりも励ましてくれ、自分を信じて「とにかくやれ」と背中を押してくれた発明家兼エンジニアだ。

ジェレミーは、彼が発案した上陸用高速艇「シートラック」の設計をして、プロトタイプを作り、販売しないかと聞いてきた。そして、ジェレミーが率いるロトルク社でシートラックを製造・販売する仕事に就いた。製造の試練や販売の手応えを身をもって経験すれば、デザイナーの仕事にも役立つはずというのが持論だった。

 

RCA時代の後半に、本当にやりたいのは製造業だという決意が固まった。新しいものを創りたかった。独創的で全く新しい製品をデザインして売ることこそ究極の挑戦である。これを実現するためには、しっかり教育を受けただけではだめで、単なるデザイナーやエンジニアを超える何者かになる必要がある。模範とする本田宗一郎やアンドレ・シトロエン、ウォークマンを生み出した盛田昭夫のように、プロセス全体をコントロールする必要がある。

とは言え、英国では、製造業は見下されており、おそらく販売業はさらにしたの商売とされていることも充分認識していた。ものづくりは汚くて、ものを売るのは下品な行為だという考え方は、1970年代初頭の英国経済の誤りを明白に示していた。

 

1974年には、シートラックを年間200艇製造し、クライアントは40ヵ国に広がっていた。変更・調整可能な発明だからこそ、常により良いシートラックを作って売ることができたように思われた。ここで、販売と製造が表裏一体であることを学んだ。

この年、人生の岐路を迎えた。ロトルクの仕事に没頭していたが、父親にもなっていた。家庭生活のおかげで日々の生活の中にある単純な厄介事をもっと楽に、楽しくする製品に目を向けるようになった。日常生活用の製品、自分の経験から導き出されるデザインへの関心が芽生えていた。

 

最初の事業の失敗

1974年、2人の子供を抱え、かなりの借金と住宅ローンを背負ったまま、エキサイティングな仕事、管理職という立場と給与を捨てて、未知の世界へ足を踏み入れた。当時は独立して起業するインセンティブなどなく、ベンチャーキャピタルも存在しなかった。シリコンバレーでスタートアップが隆盛するはるか以前の時代だった。それどころか、投資家たちは手持ちの資本が生む金利で大金を稼いでおり、製造業に投資して資金をリスクに晒すのを嫌がった。

それでも、常識に逆らって、製造業者になってものづくりをするつもりだった。ジェレミー・フライは、良さそうな新製品のアイデアがあるのなら、自分でエンジニアリングし、プロトタイプを作り、生産して、マーケティングして、売るんだと教え込んでくれた。

 

当時は、自動車のデザインや生産のような大掛かりなものには目を向けていなかった。むしろもっと地味で、泥臭いものが頭にあった。庭仕事や建設現場で使う手押し車の改良だ。車輪をボールにした手押し車「ボールバロー」を生産するため、借金をして最初の会社を設立した。

ボールバローの事業は、英国の庭用手押し車市場の半分以上を手に入れたが、それでも儲からなかった。新規の投資家を招いて借入金が増えるにつれ、株式の持分は下がり、1979年に突然解任された。この時以来、自分の発明、特許、会社を絶対に手放さないという決意を固めた。ボールバローの一件が落着した時、無一文、無職、無収入という振り出しに戻っていた。

 

発明の本質

ボールバローの鋼管フレームを静電粉体塗装する方法を学ぶ過程で、スプレーの粉塵を吸い込むサイクロン式分離機を目にした。遠心力で気流を巧みに操作し、塵の粒子を分離する。これが革命的な掃除機のアイデアをもたらした。

何年にもわたってイノベーションが全く起こっていない掃除機業界という分野があり、市場は新しい製品を待ち望んでいるはずだった。それに、家の掃除は年中やるものだから、掃除機はボールバローのような季節限定商品ではない。

 

1983年、4年をかけてプロトタイプ5127個を作り、テストし続けた後に、ようやくサイクロン掃除機の発明に成功した。5126回の失敗は、5127回目に正しいものを手にするまでの発見と改良のプロセスの一部だった。

世間では、発明とは才気のひらめきであるかのように語られる。例の「ユーレカ!(わかったぞ)」の瞬間だ。しかし、そういう発明は滅多にない。発明の本質とは、成功の瞬間に至るまで、失敗を受け入れ続けることにある。

 

そして、発明が得意なエンジニアは、自分の直近の創造物には決して満足しないものである。「さて、どうやったらもっといいものにできるんだう」という姿勢にこそ素晴らしいチャンスがある。