賃金破壊 労働運動を「犯罪」にする国

発刊
2021年11月3日
ページ数
260ページ
読了目安
342分
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なぜ憲法や労働組合法を無視した労働組合の弾圧が行われているのか
あまりメディアで報道されない労働組合員の大量逮捕・起訴に至った「関西生コン事件」を追ったルポタージュ。憲法や労働組合法で認められている組合活動が、なぜ暴力行為として読み替えられて、労働組合の弾圧となってしまったのか。
国を相手に訴訟も起こされている労働問題を労働ジャーナリストが丁寧に取材し、その実態を解き明かしている一冊。

産業別労働組合とは

生コンクリートを建設現場に運ぶ運転手などを組織する「全日本建設運輸連隊労働組合」という労組は、「全日連」や「連帯ユニオン」と呼ばれることもある。この連帯ユニオンのメンバーの内、大阪、滋賀、京都、和歌山など近畿地区の生コン企業の運転手らが加入する「関西地区生コン支部」(関生支部)という労組の組合員らが、2018年の夏以降、ストライキや団体交渉を理由に相次いで逮捕され、大量に起訴され続けている。逮捕者は1年後に、延べ89人に膨れ上がり、内71人もが起訴され、有罪判決も出始めた。

 

連帯ユニオンは、セメント、生コン、砂利などを建設現場に運ぶ運転手や、クレーンなど重機のオペレーターが個人で加入する全国規模の「産別労組」である。産別労組とは産業別労働組合の略で、労組には企業ごとの「企業別労組」と、産業全体をカバーする産別労組がある。日本の労組の大半は企業別労組が基本単位だから、産別労組は個々の独立した企業別労組のネットワークのようなものが少なくない。
一方、海外の産別労組は、日本のような企業別労組の集合体ではなく、業界内の労働者が直接加入するのが基本だ。労働者は、この産別労組を通じて、雇用されている企業の経営者たちや業界内の経営者集団と交渉することになる。その意味で、個々の運転手らが企業を越えて直接加入する連帯ユニオンや関生支部は海外の産別労組に近い。

 

企業別労組では「他の企業との競争に負けるから待遇改善は無理、負けたらお前の仕事もなくなる」と言われ、労働者はモノを言いにくくなる。一方、業界全体が同じ労働条件で働くことになる産別労組では、そうした企業側の言い訳は通用しない。同一賃金同一労働も保障されやすい。会社別ではなく、仕事内容と熟練度で賃金が決まれば、女性でも日々雇用でも同一賃金となるからだ。こうして引き上げられた労組内の働き手の賃金水準が、地域全体の「相場」も引き上げていた。

体力の弱い中小零細企業が直接の雇用主である運転手たちは、解雇や雇い止め、倒産による失業の憂き目にあいやすい。そのため、直接の雇用主である中小零細企業を飛び越え、体力のある親会社と交渉して、運転手たちの待遇改善や雇用保障を求める手法が取られてきた。

 

日本の労働組合法では、企業別も産別も労組として認められている。組合活動を保障する労働基本権は憲法28条と労働組合法に明記され、今も改定されたわけではない。それなのになぜ、空前の大量逮捕は起きたのか。

 

関西生コン事件

事件の発端は2017年12月12日、関生支部が行ったゼネストだった。このストライキは、関生支部と、港で働く労働者らが加入する産別労組「全港湾大阪支部」が協力し、セメント・生コン輸送の運賃の引き上げなどを求めて行われた。近畿全域のセメント出荷基地と生コン工場で、ミキサー車など計1500台の運行を止めるという、近年にない大規模なものだった。
このストライキなどにかかわった組合員が、「威力業務妨害」「恐喝」「強要」などの容疑で二府二県の警察署によって相次いで逮捕され始めたのは、それから半年以上も後の2018年7月からだった。2019年末までで、逮捕者は委員長、副委員長を含め、延べ89人、この内延べ71人が起訴される事件に発展する。自宅を捜索されたり、「労組か、仕事か」と迫られたりする組合員も相次いだ。

 

この事件が特異なのは、その逮捕者の規模の大きさであり、それらがストや労使交渉、会社側への抗議行動など、組合活動の基本とも言える行為をめぐって行われた逮捕という点だ。さらにもう1つ特異なのは、逮捕・起訴の対象が組合員だけでなく、89人の内8人は、生コン会社の経営側である協同組合役員であり、最初にこれら経営側を逮捕して労働側に不利な供述を認めるまで釈放しないという手法がとられたことだ。加えて目立ったのは、事件を担当したのが労働事件を扱うことが多い警備担当でなく、殺人や窃盗など一般的な事件を扱う刑事部に所属する組織犯罪対策課という暴力団などを担当する部署だったということだ。

こうした中で、ストや労使交渉といった労働基本権が保障する労働者の組合活動が、次々と「暴力集団による刑事事件」へと読み替えられ、有罪にされるという事態が展開されていくことになる。

 

労働組合法の独自解釈で労働組合を弾圧する国

関西生コン事件を見ると、労働基本権をめぐる一連の読み替えは「憲法28条の解釈改憲」と呼んでもいいものだ。こうした事態に立ち上がったのが、憲法28条の上にたって議論を展開してきた労働法学者たちだった。多くの労働法研究者は、検察側の主張について、歴史的に勝ち取られてきた労働基本権を法改正の議論もないまま解釈によって空洞化していくものと受け止めた。労働研究者たちからは「産別労組」としての関生支部の正当性を立証する鑑定意見書が相次いで提出され始めた。

2020年3月17日、全日建と関生支部ほか5者を原告に、東京地裁に訴状が提出された。被告は国、滋賀県、和歌山県、京都府の4者とされた。国の労働組合弾圧の実態が、法廷という場で明らかにされようとしている。