ディープラーニング 学習する機械

発刊
2021年10月25日
ページ数
384ページ
読了目安
691分
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推薦者

人間を超える知能を生み出すためには何が必要なのか
Facebookで副社長を務めるAI研究の第一人者が、現在のAIの仕組みと課題、AIに関する諸問題についての見解をまとめている一冊。
現時点において、ディープラーニングで可能なことと、今後まだ解決されていないことは何なのかを説明し、人間の知能を超えるような人工知能をつくるには何が必要なのかが書かれています。今実現できているAI研究の全体像をつかむことができます。

脳の模倣だけでは知能はつくれない

思考のメカニズムはいずれ学習可能な人工知能システムによって複製可能になると考えられる。哺乳類や人間の脳は「計算」する機械であり、その計算は原理的には電子機械であるコンピュータによって再現可能であると確信している。

しかし、今のところ、最も優れたAIシステムをもってしても、人間の脳には到底及ばない。人間どころか、猫よりも知能が低い。人間の脳には860億個のニューロンがあり、その消費電力は約25ワットである。これに匹敵する性能を持つ機械を設計・構築するのは不可能なのだ。
たとえ脳の学習原理を理解し、その構造を解き明かせたとしても、その動作を再現するには、1秒あたりの演算回数が約1.5×1018 回という途方もない計算能力が必要になる。現在のGPUカードは、毎秒1013 回の演算が可能で、約250ワットの電力を消費する。人間の脳と同等の性能を得るには、このプロセッサを10万個つないだ巨大なコンピュータが必要になる。このコンピュータの消費電力は、最低でも25メガワットに達する。つまり、人間の脳の100万倍のエネルギーを浪費することになる。

 

人工ニューロンは脳のニューロンから直接ヒントを得たものだ。畳み込みニューラルネットワークは、視覚野のアーキテクチャのある側面を再現している。だからといって、AI研究の未来を、自然の模倣に還元するわけにはいかない。生物学的なものであれ電子的なものであれ、私たちは知能や学習の基本原理を研究する必要がある。

 

現時点のAIの課題

教師あり学習はAIでごく一般的に使われている方法だが、実際には人間や動物の学習のさえない模倣に過ぎない。この方法で物体を認識できるようにシステムを訓練するには、その物体のサンプル画像が何千枚、何百万枚も必要になる。サンプル画像は、事前に手動で識別し、ラベルを付けておく必要がある。この教師あり学習は、十分なデータがある場合には極めて有効だが、それには限界もあり、効果的なのは一定の範囲内に限定される。効果が行き届かない死角があるのだ。学習サンプルは入力空間のごく一部しかカバーしておらず、サンプルとかけ離れた、関数の挙動は明示されていない。だから、教師あり学習では、本当の知能機械を作ることはできない。それは解決策の一部に過ぎない。パズルのピースが足りないのだ。

 

一部の研究者は、別種の機械学習「強化学習」に解決策があると考えている。この方法は期待する応答を知らせなくても機械を訓練できる。機械には生成された応答が正しいかどうかだけを伝える。多くの場合、試行の成否は自動的に伝達されるので、システムは「自分一人で」学習できる。しかし、残念ながら、この学習パラダイムは一般的には、単純なタスクであってもその学習に膨大な相互作用(試行錯誤)を必要とする。
現実の世界では、強化学習はそのままの形では全く使い物にならない。強化学習を使って車に自律運転を学習させようと思ったら、何百万時間もの運転時間が必要になる。そして、事故を回避する術を学ぶ前に、何万件もの事故を起こしてしまうはずである。
ほとんどの人間がほんの20時間程度のほぼ教師なしの練習で、ほとんど事故を起こさずに運転を学習できるのはどうしてだろうか。教師あり学習や強化学習だけでは何かが足りないのだ。人間や動物の学習に匹敵するような、機械の新しいパラダイムはまだ存在していない。

 

AIは驚くほど強力であり、極めて専門に特化している。なのに、常識に関してはそのかけらもない。これがAIのパラドックスである。AIは世界を表面的にしか理解していない。自動運転車はA地点からB地点に行くことはできても、運転手とは何かを知らないのだ。
常識は、人間と世界とのつながりを条件付けている。行間を読み、暗黙の了解を理解できるのも、常識のおかげだ。人間は、生後数ヶ月から数年の間に少しずつ学習してきた「世界モデル」のおかげで、ありふれた文章を補完できる。世界の仕組みを知っているからこそ、情報が思い浮かぶし予想ができる。機械では今のところ、この予測能力は限定的なものでしかない。人間の常識は、この推論能力に特徴がある。それがあればこそ、私たちは自分の位置を確かめて行動に移ることができる。常識とは「自己教師あり」学習と呼ぶ、別種の学習形態の成果なのだ。

現時点において、人間の学習は、いかなる機械学習よりもはるかに効率的だ。子供は観察や実験をしながら、基本概念を学習する。同時に予測能力も発達させる。予測能力があるからこそ、行動を計画することができる。人間や多くの動物は、世界についての膨大な常識を主に観察によって獲得している。その仕組みがわかれば、AIシステムを進化させることができるだろう。

 

自己教師あり学習の基本的な考え方は、入力されたデータの一部を隠し、見えている部分から隠された部分を予測するよう機械を訓練するということだ。しかし、自己教師あり学習が抱える大きな難問は、今も完全に解決されていない。

機械が本当の知能を持てるようになるには、因果関係を識別できる世界モデルを学習しなければならない。