最悪の予感 パンデミックとの戦い

発刊
2021年7月8日
ページ数
400ページ
読了目安
619分
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なぜアメリカは新型コロナ対策に失敗したのか
世界で一番感染症対策に強いと考えられていたアメリカが、新型コロナウイルス感染症で、大量の死傷者を出してしまったのはなぜか。トランプ大統領以前から、パンデミックの脅威に警鐘を鳴らしていた専門家の声が政策に反映されず、公衆衛生システムが機能不全に陥っていたアメリカの社会構造がよく理解できる一冊。

アメリカに公衆衛生システムは存在しない

アメリカには、体系的な公衆衛生システムは存在しない。州や地域の保険衛生官がパッチワークのように集まっているだけ。しかもそれぞれ、選挙で選ばれた地方議員の意向に多少とも縛られている。3500の独立した組織が、過去40年間、資金や人材の乏しさと戦ってきた。確かにそういう各地域の無名の人物たちは、CDC(疾病対策予防センター)の職員や信頼に足る州の保健衛生官の言うことなら、従うかもしれない。ただ、CDCはいざ戦闘開始となると、ろくに役に立たない。

中国からの帰国者の多くがカリフォルニアの空港を経由するが、CDCの扱いの不手際は目に余るものがある。ろくに検査を実施していないのだ。武漢から帰国した人さえ、検査しようとしない。空港到着時に対応したCDCの職員は、その人たちの自宅住所すらまともに控えていなかった。

 

多くの人々は、武漢における出来事を、中国で起こる珍事の1つに過ぎないと捉えていた。しかし、ダイヤモンド・プリンセス号の船内における「火災」の模様は、この上なく鮮明だった。

この時点で、アメリカ国内ではCOVID-19の検査は行われていないに等しかった。FDA(食品医薬品局)は、州や地域の保健衛生官に対し、CDCが提供する検査キットを待つようにと言い続けていた。かたやCDCは、アメリカ人がこのウイルスに感染する危険性は非常に低いと主張していた。

 

問題は、国のメンタルモデルとリーダーシップだ。トランプ大統領は「ウイルスはもうすぐ消えるだろう。ある日突然、奇跡のように消えるはずだ」と語っていた。連邦政府は行動を起こす気がなかった。政府は一般市民に今後に備える必要などないと促していた。

 

なぜアメリカには、自らを救うために必要な制度がないのか

トランプ大統領は「州ごとにめいめいに対処してもらいたい」と発言した。さらに、州政府も「郡ごとにめいめい対処してもらいたい」と地域の保健衛生官たちに伝達した。CDCは、今まで新型ウイルスの脅威を軽視していたのに、まるでウイルスの封じ込めなど不可能だったかのように振る舞い始めた。ここ2ヶ月間、CDCは「アメリカ人に対するリスクは低く、国内における市中感染の証拠はない」と、同じ台詞を繰り返してきた。しかし、そのおとぎ話は通用しなくなった。

 

カリフォルニア州知事は、公衆衛生システムに失望しつつあった。他州の知事たちも同様だ。COVID-19の検査キットを大量生産し、全米の保健衛生官に配布しようと、CDCは2回目の試みに踏み切ったが、1回目と大差ない失敗に終わった。連邦政府がリーダーシップを発揮できず、国内の医療システムが細かく分断されているせいで、ウイルスの検査ができない、あるいは検査の処理が遅過ぎて役に立たないという状況が続いていた。

検査が進まないことの最大の問題は、どこにウイルスが存在し、どこに存在しないかが掴めない点だ。隔離しなければならない人を隔離できず、そうでない人を自由にすることもできない。州知事としては、検査を行うのは連邦政府の役目だと考えていた。

 

CDCに任せていては埒が明かない。しかし、解決策があった。アメリカは微生物学研究の分野では断然、世界のトップだ。民間企業や大学、非営利団体が運営する微生物研究所が、国内に何千もある。バイオハブを一刻も早くCOVID-19検査機関に変え、その方法を論文の形で発表し、ボランティアを募集すると多くの手が挙がった。

しかし、その頃検査する薬剤がまだなかった。民間セクターからは、大儲けをもくろむ悪臭が漂っていた。必要なものを買いたい場合、足元を見て暴利を貪ろうとする会社もあれば、進んで救いの手を差し伸べてくれる会社もあった。

こうして検査の無料サービスを開始したが、この提供を受け入れるといった単純なことさえ、並々ならぬ努力か本当の勇気がなければできなかった。地元の病院は、有料の検査を独自に設立する意向であったり、病院側のシステムが費用をゼロにすると受付できなかった。

 

パンデミックが始まって以来、トランプ政権は、各州に必要物資を送っていると大々的に宣伝し、その物資が届かないとなると、州当局とのやり取りを担当するキャリア職員に責任をなすり付ける。人工呼吸器でも、治療薬レムデシビルでも、やがてワクチンでも、そのような事態が起こった。ホワイトハウスの戦略がもたらした結果の1つは、連邦政府のキャリア職員の信用失墜だった。

連邦政府がリーダーシップを発揮しないせいで、パンデミック対策用品の市場では自由競争が繰り広げられ始めた。主に、中国製の商品をアメリカ人同士が競い合って購入するという図式だった。

 

決断の責任は下層部に押し付けられた

CDC所長は、CDC内から仲間たちの推薦を得て誕生するのではなく、その時々にホワイトハウスにいる政治家の支持者の中から選ばれる。CDC所長がホワイトハウスの機嫌を損ねるようなことがあれば、大統領の一存で解任できる。従って、大統領の交代時か、もっと早くに交代する。この問題点は、業務経験の浅さだ。任命を受けた者の平均在任期間は1年半から2年と短い。

もう1つの問題は人選にある。例外はあるにせよ、政権にとって好ましい者が選ばれる可能性が高い。ホワイトハウスの政治活動にリスクを与えない者、難しい決断を下さず、先延ばしにする者だ。CDCの感染症対策は、転落の道をたどり始めた。

しかし、公衆衛生において厳しい決断を下す必要性が消えたわけではない。決断の責任は、システムの下層部、つまり地域の保健衛生官に押し付けられた。

 

感染症予防は公衆の利益だが、公衆が自ら進んで十分な対策に努めるとは期待できない。アメリカ文化の観点からすると、感染症の予防は「カネにならない」のだ。

参考文献・紹介書籍