「無理」の構造――この世の理不尽さを可視化する

発刊
2016年2月29日
ページ数
152ページ
読了目安
180分
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理不尽の原因とは
なぜ、我々は世の中を理不尽だと思うのか。世の中と頭の中の非対称性に着目し、人が理不尽を感じる仕組みを論理的に解説している一冊。

理不尽なのは「世の中」なのではなく「私たちの頭の中」である

私たち人間は身の回りの事象を法則やルールで表現する事で賢くなってきた。そのような世の中を支配する一般的な法則が「理」であり、逆に「理不尽である」というのは、そのような一般的な法則や「あるべき姿」と反している事象を指している。つまり、「理にかなっている」状態(あるべき姿)と実態とのギャップが理不尽の根源にある。

このようなギャップを目にした場合、多くの人は「世の中」の方が間違っているという前提で考え始める。しかし、人間の中で私たちが勝手に信じている「理」は単なる思い込みである事が多く、実はその事に気づいていない事が多くの「理不尽さ」の原因になっている。

理不尽の元凶は私たちが「本来同等でないものを同等だと思い込んでいること」(に気づいていないこと)から来ている。

 

「対称性の錯覚」の積み重ねが理不尽の原因

対称性とは「2つのものが同等である」事である。「対称性の錯覚」とは「本当は対称でないものを対称だと勘違いしている」事を意味する。例えばAからBに行くのと、BからAに行くのとでは同じだと思っているのに、実は「逆向きは簡単ではない」というのは「変化方向」という点での「対称性の錯覚」である。

私たちが反意語であると考えている二者の関係が対称でないものは、いくらでも挙げられる。

「善」⇔「悪」:1つの悪時で世の中は一瞬で変わる
「悲観」⇔「楽観」:悲観論の方が「賢そうに」見える
「同じ」⇔「違う」:「同じ」は1通りだが「違う」には限りない可能性がある
「変える」⇔「変えない」:変えないのは楽で無難だが、変えるには膨大なエネルギーが必要
「知っている」⇔「知らない」:一度知ったら知らない状態に戻れない

このような「錯覚」の積み重ねが、私たちが日常で感じる「理不尽さ」の根本にある。様々な非対称性の陰には一方向に作用している「見えないメカニズム」の存在が確実にある。

 

「知識・思考」の非対称性

思考とは具体と抽象との往復で新たな知を生み出すこと。知の発展とは、具体と抽象を往復しながら知識の量と抽象度を上げていく事である。

①知識の非対称性
知識は増える事はあっても減る事はない。「無知→既知」という流れの不可逆性も非対称である。そして「知識を増やすこと」=賢くなる事は、一般的には肯定的にとらえられがちだが、時に諸悪の根源にもなる。

②思考の非対称性
具体とは直接目に見えるものであり、抽象とは複数の具体的事象から人間が何らかの意図を持って共通点を抜き出してパターン化したものである。人間は様々な具体的事象を観察し、それらから共通のパターンを読み取り、そこから抽象化する事で一般的な法則やルールを導く。いったん法則ができれば、あとは様々な分野に応用する事ができ、これが新たな具体的な事象を生み出す。この「具体と抽象」にも非対称性が存在する。

・抽象化の不可逆性
一度法則化・ルール化してしまうと、そのパターンが変化しても覚えた法則やルールを疑う事なくいつまでも使い続ける。元々、具体レベルの事象から生まれた抽象レベルの決まり事が、具体レベルが変化しているのに固定化する事で具体と乖離してしまう。

・具体と抽象のマジックミラーの関係
抽象レベルを理解している人には具体が見えるが、具体しか見えていない人には抽象レベルは見えない。

 

「人間心理」の非対称性

人間は「現状(以上)の維持を望む」傾向がある。また人間は一般的に基本的に保守的であり、「変えること」よりも「変えないこと」を選ぶ。「増やす」事には抵抗がないのに「減らす」側の変化には大きな抵抗を示す傾向がある。