ヒトはどこまで進化するのか

発刊
2016年6月28日
ページ数
240ページ
読了目安
288分
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人類の社会的行動の進化の歴史
人間はどのように社会性を発達させてきたのか。生物学の権威が、ヒトの進化の歴史とこれからについて語った一冊。

人間の高度な社会行動の起源

生物学者は、人間の高度な社会行動の生物学的起源が、動物界の別のところで起きているものに似通っている点に気付いた。昆虫から哺乳類まで無数の動物の種に関する比較研究で、最も複雑な社会は真社会性から生まれたと結論づけた。真社会性とは大まかに言えば、「本当の」社会的な状態だ。真社会性を持つ集団のメンバーは、数世代を通して子育てをする。彼らはまた分業をして、一部の個体が自分自身の繁殖の一部を犠牲にして、他のメンバーの「繁殖成功度」を増やすようにしている。

真社会性は極めて稀だ。過去四億年に進化を遂げた陸生動物の系統は無数にあるが、そのうち真社会性が出現したのは、これまでに昆虫、海洋性甲殻類、地中生齧歯類の19回のみ。人類を入れて20回だ。さらに真社会性の種が生命の歴史に登場したのは、かなり遅かった。今から3億5000万年から2億5000万年前には真社会性の発生は一度もなかったようだ。

真社会性級の高度な社会的行動は、一旦実現すると、生態学的に大きな成功を収めた。動物の19の独立した系統のうち、昆虫の中のわずか2種、アリとシロアリは、現存する既知の昆虫100万種の中で2万種にも満たないが、体重では世界の昆虫の半分以上を占めている。

 

高度な社会行動が作られる要因

真社会性の進んだ社会行動は大きなメリットをもたらすのに、これほど稀で出現も遅い原因は、真社会性が生じる最終段階になる前に起こっているはずの進化上の特別な変化にある。真社会性への前段階は敵から守られた巣を作ることだ。守られた巣を拠点にして餌を探し、巣の中で子供を育てる。親と子が巣にとどまり数世代にわたって子育てをすれば、真社会性のコロニーが生まれる。そうした原始的な群れはすぐに、リスク受容型の食糧調達係とリスク回避型の親及び養育係とに分かれる。

霊長類の中でたった1つの系統だけが、稀にしか発生しない真社会性レベルに到達した原因は何だったのか。約200万年前のアフリカで、原初のアウストラロピテクス属の1つの種がそれまでの菜食から肉食中心の食生活に移行し始めた。動物の肉のように広範囲に拡散している食糧源を手に入れるためには、現在のチンパンジーやボノボのように大人と子供が緩やかに組織された群れで移動するのでは割に合わない。それよりも野営地を拠点にして狩猟隊を送り出し、彼らが仕留めるなどして持ち帰った獲物を皆で分ける方が効率が良かった。

社会心理学では狩猟と野営地の発生を機に心の進化が始まったと推論している。野営地を拠点とする集団では、メンバー同士の競争と協力の双方に適した人間関係に重きが置かれた。重要だったのは、将来のやり取りについて競合するシナリオを考え、頭の中で予行演習する能力が必要とされた点だ。先行人類の社会的知能は進化していった。

 

高度な社会的知能が進化する要因

どのような要因と環境が組み合わされば、高度な社会的知能の持ち主ほど寿命が長くなり、より繁殖に成功するような進化が起きるのか。1つは血縁選択を想定したもので、個体は傍系親族を優遇し、同じ集団のメンバー間で利他的行動が進化しやすくなるという説。複雑な社会的行動が進化しうるのは、集団内の個体の利他的行動の結果、利他的な個体が次世代に残す遺伝子の数問う点で得るメリットが、利他的行為によって生じる損失を上回る場合で、それにより利他的な遺伝子が集団のメンバー全員に行き渡る。

もう1つの理論は、自然選択は2段階で作用する。同じ集団内のメンバー同士の競争と協力に基づく個体選択、及び他の集団との競争と協力から生じる集団選択だ。集団選択は暴力的紛争を通じて、あるいは新たな資源を発見、獲得する際の集団間の競争によって生じうる。

生物学者の間ではマルチレベルの自然選択説が支持を広げている。血縁選択は極めて稀で特殊な状況でしか作用しないことが、近年、数学的に証明されているからだ。