個の豊かさに目を向けた質的成長への転換
人口減少の時代こそ、人の数ではなく「個」に目を向ける好機と捉える新たな発想を持つべきではないか。人口が減るということは、1人1人の「希少性」が高まることを意味する。
これからの時代は、1人1人の付加価値や個人としての豊さに軸足を置き、「質的な成長」を最優先で追求するモデルに転換することが求められている。そして、個を豊かにすることに主眼を置き、その集合体として全体が成長するという考え方に発想を転換する必要がある。
頻度と価格により付加価値を高める成長
労働生産性を向上させ、1人当たりの付加価値を高めることで、経済全体の成長につなげるカギとなるのが「価値循環」という考え方である。
価値循環とは、ヒト・モノ・データ・カネという「4つのリソース」の循環によって「新たな市場」を創出し、付加価値を生み出すという考え方である。価値循環の素になる「循環」は、次の2つの要素で構成される。
- 回転:取引の頻度を増やし数量を増やすこと
- 蓄積:取引を通じて得られた情報や知見を基に製品やサービスの質を高め、価格を上げること
つまり、「循環」とは「回転」と「蓄積」を繰り返すことで、人口という人数に縛られずに取引の「量と質」を高め、全体としての付加価値向上を実現することである。
仮に人口が減っても、ヒト・モノ・データ・カネの「4つのリソース」を、従来の制度・慣行や常識などの「壁」に捉われることなく効果的に循環させることで、経済活動の量と質を高めて、付加価値向上を伴う成長につなげることが可能になる。
さらに、人口減少下でも将来にわたり増加する以下の4つの機会に目を向けることで、新たな市場の創出ができる。
- グローバル成長との連動
- リアル空間の活用・再発見
- 仮想空間の拡大
- 時間の蓄積が生み出す資産
付加価値向上の成長パターン
「人数」の増加が期待できない人口減少局面に成長を続けるには、「人数」に依存する発想を転換して「頻度」あるいは「価格」を上げることが重要になる。そのために必要な戦略軸は次の2つである。
- 共通化:事業分野や組織ごとにバラバラな物流網やデータ基盤、営業部隊などのインフラを共通化する
- 差異化:取引から得られた情報をもとに、価格を上げ得るような質の高い製品やサービスを生み出す
2つの戦略軸に基づく成長パターンは、次の3つに分類される。
- ライフライン化:特定分野で幅広い製品・サービスのラインアップを揃え、顧客の仕事や生活に不可欠な存在になる
- アイコン化:特定分野で圧倒的な技術知見や顧客に関するインサイトを蓄積し、顧客にとっての唯一無二になる
- コンシェルジュ化:顧客の購買履歴などのデータを蓄積し、提案力・企画力の継続的な向上で、囲い込みを推進する
循環型成長モデル
価値循環がもたらす成長を、日本の経済社会全体で具現化するためには、様々な「壁」を乗り越えて価値循環を生み出すことが、日本経済全体はもとより個人の豊かさ・幸福感の持続的な向上につながる、という成長のシナリオが必要である。このシナリオの全体像が「循環型成長モデル」である。
循環型成長モデルは、次の3つの循環によって成り立つ。
①大循環(日本経済全体のマクロに関わるもの)
社会課題の解決に向けた取り組みを潜在的な需要の開拓やイノベーションの源泉と捉え、新たな市場創出につなげようというもの。そのためには、自助、公助だけではない「共助」の連携が重要になる。官民が壁を越えて連携して、リソースを循環させて市場を創る視点が求められる。
②グローバル循環(日本を取り巻くグローバル経済を視野に入れたもの)
大循環を一層広がりのあるものとして構想し、推進していく上で欠かせないのがグローバル循環との連動である。日本以外の国々からヒト・モノ・カネなどのリソースや様々な機会を呼び込むことで、日本の成長力を加速できる。グローバル規模で双方向での投資や人材交流、双発的なイノベーションや市場創出などが促され、大循環によって生み出される成長機会がさらに持続可能で拡張性のあるものになる。
③小循環(働き手を中心とする1人1人の豊かさや幸福といったミクロに焦点を当てたもの)
大循環とグローバル循環によって生み出される成長機会によって1人当たりの付加価値向上を実現し、個の豊かさや幸福感の持続的な向上につなげるのが小循環である。
- 雇用機会の創出:大循環がもたらす市場の創出
- リスキリング:雇用機会で活躍できる人材育成と人材移動
- 所得の向上:1人当たりの付加価値の底上げによる個々人の所得向上
- 消費の拡大
こうした成長戦略を実現するには、個別最適志向に陥りがちで様々な領域で根強く残る「縦割り」発想やセクショナリズムといった「壁」を乗り越え、循環を促す新たなつながりを創出するための変革を、大胆に進めていくことが求められる。