働き方全史 「働きすぎる種」ホモ・サピエンスの誕生

発刊
2023年12月20日
ページ数
410ページ
読了目安
678分
推薦ポイント 4P
Amazonで購入する

Amazonで購入する

なぜ人類は働く必要があるのか
ホモ・サピエンスの歴史の95%以上を占める狩猟採集民たちは、週15時間程度しか働いていなかったとされる。そもそもなぜ人類が長時間働くことを強いられるようになり、それが当たり前と捉えられるようになったのか。

人類史の中で、どのように働き方は変化してきたのか、その根本を振り返りながら、改めて働くという価値観を問い直す一冊。

ホモ・サピエンスの歴史上、働くことは絶対的な価値ではなかった

1930年に経済学者ケインズは、21世紀初頭には資本増大、生産性向上、技術の進歩によって、人類は経済のユートピアのふもとまで到達し、そこではすべての人の基本的ニーズがすぐに満たされるので、その結果、週の労働時間が15時間を超えることはないはずだと予測した。

ケインズがはじき出した、そこに到達するための生産性と資本成長の基準値は数十年前に超えているが、人類はまだその積立を現金化する準備ができていない。私たちのほとんどは祖父や曽祖父と同じくらい懸命に働き、政府は変わらず経済成長と雇用創出に固執している。さらに年金基金は高齢化する人口を支える負担の重さに喘ぎ、私たちの多くが半世紀前よりも10年近く長く働かざるを得なくなると予測されている。

 

経済学者にとっては、人間の果てしない欲求を満たすために希少なリソースをどのように配分するか、リソースの欠乏こそが人間を働かせる原動力ということになる。なぜなら働くことでしか、無限に思える人間の欲望と、限られたリソースとのギャップを埋められないからだ。

進化によって私たちは利己的な生物となり、決して満たされない欲望という重荷を永遠に負わされている。人間の本質に関わるこの仮説は先進国の人々にとっては自明で当たり前のことのように思えるかもしれないが、20世紀後半まで狩猟採集民として生きてきたアフリカ南部カラハリ地方のジョホアンのような人々にとっては、当たり前のこととは考えられない。

ジョホアンのような狩猟採集民は常に飢餓と紙一重の状況にいたわけではない。むしろ栄養状態はよく、大半の農耕社会の人々よりも長生きしていた。彼らは週15時間を超えて働くことはあまりなく、ほとんどの時間を休息と娯楽に費やしていた。またそれができたのは、日常的に食料を蓄えることもなく、富や地位を築くことにも関心がなく、短期的な物質的欲求を満たすだけに働いていたからである。

 

経済問題では、人間は無限の欲望と有限のリソースの間の煉獄に生きることを運命付けられていることになっているが、狩猟採集民には物質的な欲望はほとんどなかった。それは数時間、体を動かせば満たされたからだ。

彼らの経済生活は、欠乏にとらわれることなく、むしろ豊さを前提として成り立っていた。ホモ・サピエンスの30万年の歴史の内95%以上の期間、私たちの祖先は狩猟と採集を行なっていたのだから、欠乏の問題や働くことに対する姿勢についての、人間の本質に関する前提は、農業に根ざしていると考えられる。

 

農業によって欠乏は永遠の問題となった

数百万年にわたる人類の歴史を考えれば、食物の採集から生産への移行は、革命的なことだった。それは人々の生き方、世界についての考え方、働き方を変え、人々が手に入れ、活用できるエネルギー量を急速に増やした。農耕社会の生産性が高まり、その環境からより多くのエネルギーを獲得するようになり、エネルギーが希少になるにつれて、人々は基本的なニーズを満たすため、より懸命に働かなくてはならなくなった。

その理由は、産業革命までは農耕民がどれほど働いたり、新しい科学技術や手法を導入したり、新しい土地を手に入れたりして生産性を向上させても、急速に増えていた人口に追いつかず、維持できなくなっていたからだ。その結果、農耕社会は拡大し続けたが、繁栄は束の間のものとなり、欠乏はほぼ永続的な問題になった。

 

欠乏の経済学を見直せ

持続可能性の最終的な基準が「長く続くこと」であるとすれば、狩猟採集は人類史上最も持続可能な経済的手法である。そうした社会は、経済問題に縛られない社会がどのようなものかについてヒントを与えてくれる。現代の私たちの仕事に向き合う姿勢は、農業への移行や都市への移住の結果、生じたものであると気づかせてくれるのだ。そして、よく生きるための鍵は、不平等を緩和して、個人の物質的な願望を抑えられるかどうかにかかっていることも伝えている。そのためには、私たちは「今再び、手段よりも目的を重視し、利便性より質のよさを優先する」ことが求められている。

 

人間の仕事生活をがっちりつかんで支配してきた欠乏の経済学の力を弱め、維持できない程の経済成長への固執を減少させることが大切である。経済の制度を支える柱である前提の多くが農業革命の産物であり、人が都市へ移動することで増幅されたものだと認識することにより、私たちはくびきから解放されて、全く新しいもっと持続可能な将来を、想像できるようになる。