静かな働き方 「ほどよい」仕事でじぶん時間を取り戻す

発刊
2023年12月16日
ページ数
256ページ
読了目安
355分
推薦ポイント 6P
Amazonで購入する

Amazonで購入する

仕事中心の価値観を見直すための本
「仕事は自己実現の手段だ」とする文化において、仕事と自己評価を結びつけることのリスクを示し、仕事と人生のバランスの取り方を提案する一冊。

生産性という評価基準にとらわれて、仕事中心の人生を送ることの負の側面を紹介しながら、人生において仕事をどのように位置付けるか、見直すかを改めて問い直すきっかけを与えてくれます。

仕事は自己実現の手段とすることの問題

「人生に意味をもたらすこと」について、米国人を対象にしたアンケートでは「キャリア」という回答が「配偶者」のほぼ2倍となった。充実したキャリアは、収入を得ることや困っている人を助けるといった他のすべての項目よりも高く評価されている。ホワイトカラーの労働者にとって仕事は宗教的なアイデンティティに近いものとなっている。仕事は給料だけでなく、人生の意味や目的、コミュニティへの帰属意識をもたらすものとなっているのだ。

 

ジャーナリストのデレク・トンプソンはこの現象を「ワーキズム(仕事主義)」と名付けた。トンプソンによれば、20世紀を通じて仕事は単なる作業からステータス、そして自己実現の手段へと進化した。ワーキズムは、お金と精神の充足という2つの異なるものを仕事に求める思想だ。この2つの方向性は必ずしも一致するものではない。それでも人々はどちらも満たしてくれることを仕事に求めるようになっている。

そして、どの社会階層の人であろうと、ほぼ全ての人が、自己評価と仕事が密接に結びついている国で生きることの息苦しさを感じている。米国において「資本主義」は経済の仕組みを意味するだけではなく、社会哲学にもなっている。人間の価値はその人の成果に比例するという信念が根付いている。生産性は評価基準の1つに過ぎないはずなのに、善良な行いの指標にもなっているのである。

そもそも米国の成り立ちには、労働を賛美する「資本主義」と「プロテスタントの労働倫理」が深く関わっている。さらに米国ではこの数十年間で、こうした要因をすべて増幅させる文化的な変化も起きている。仕事は充実感と生きがいの源泉であるという考えが広まった。

 

自己評価とキャリアを結びつけることのリスク

常に満足感を与えてくれることを仕事に期待することには失望が伴う。「仕事への傾倒」は、燃え尽き症候群や仕事関連のストレスにつながることが調査によって明らかになっている。やる気と満足感を得られ自己実現につながる仕事を期待している場合、期待にそぐわない仕事で妥協することは「失敗」のように感じられる。しかし、仕事というのは常にコントロールできるものではない。自己評価とキャリアを結びつけるのは危険なのだ。

とはいえ、これは仕事を蔑ろにすれば解決できる単純な問題でもない。多くの人は人生の1/3、およそ8万時間を仕事に費やす。その時間をどのように過ごすかが重要なのは間違いない。だからこそ、やりがいのある仕事を追求することと、仕事に人生のすべてを支配されるリスクとのバランスをどのように取るかが大事なのである。

 

自分の価値を仕事以外に見出す

すべてのエネルギーを仕事に注ぎ込むと、自分の中に存在する配偶者、親、兄弟姉妹、隣人、友人、市民、アーティスト、旅人といった他のアイデンティティを育む余力がなくなってしまう。

心理学の研究では、様々なアイデンティティを育むと誰しも人生の困難を乗り越えやすくなると示されている。様々な側面がある人は強いストレスに晒されても、うつ病や身体的な病気になりにくい。一方で、仕事など人生の一側面だけでしか人生を見ないとしたら非常に危険だ。その分野で何か1つでもうまくいかないことがあると自己評価は一気に下がってしまう。

 

アイデンティティを育むには時間も手間もかかる。しかし、アイデンティティを多方面に育むことには、仕事を失う衝撃を緩和する以上の意味がある。よりバランスの取れた人間になれるのだ。複数のアイデンティティがあれば、人は世界と関わる別の方法を見つけることができ、仕事を通じて生産する経済的な価値以上の価値を自分に見出せるようになる。

 

自分なりの「ほどよい」仕事を定義せよ

仕事を自己実現の唯一の手段と考えるのは非現実的だ。結局のところ、仕事は労働とお金の交換である。そのことをしっかり認識すればするほど、冷静に自分の仕事との関係性を見極められる。仕事は金のためでなく、やりがいのためにするものだと多くの人は教えられてきた。しかし、企業は雇用を契約としか見ていない。企業は会社に価値をもたらす従業員を雇い、価値のない従業員を解雇する。これを見誤ると足元を見られてしまう。

 

「完璧」と比べると「ほどよい」は手の届く理想像だ。「ほどよい」は主観的な基準である。自分にとっての「ほどよい」は自分自身で決めるものだ。それは特定の会社で働くことかもしれない。ある程度の給料がもらえる仕事かもしれない。いつも決まった時間に帰れる仕事かもしれない。ほどよい仕事は、あなたがあなたらしくあることを可能にしてくれる静かな働き方なのである。