タイパの経済学

発刊
2023年9月27日
ページ数
232ページ
読了目安
264分
Amazonで購入する

Amazonで購入する

なぜ若者はタイパを重視するのか
時間対効果を意味する「タイパ」は、なぜ若者に重視されるようになったのか。Z世代の消費文化を研究している著者が、タイパの根底にある現代の若者の消費心理を解き明かした一冊。

ファスト映画やネタバレサイトを見たり、動画は倍速、ハイライトを視聴、音楽はサビだけを聞くなどの、若者の消費行動を理解する上で役立つ内容になっています。時間がないと言われる現代において、消費という行動が意味するものは何かについての考察がされており、タイパという概念を通じて現代の消費文化の理解が進みます。

無料コンテンツが消化目的に

「今年の新語2022」において、「かけた時間に対しての効果(満足度)」や「時間的な効率」を意味する「タイパ(タイムパフォーマンス)」が選ばれた。昨今、「タイパ」という言葉は、ファスト映画や動画の倍速視聴の側面から語られることが多く、かけた時間に対する満足度から転じて「最小の労力で最大の成果を得る」ことを重視する若者の動画視聴に関する志向そのものを指すことも多い。

 

Z世代の若者を中心に、タイパを重視する消費が行われるようになった背景には、生活にSNSが根付き、昔に比べて圧倒的に情報量が増えたことがある。得られる情報量の増加に伴って、消費したいと思うモノやコトと接触する機会も増えた。今まで知らなかったことに興味を持ったり、潜在的な欲求を満たしてくれる商品やサービスに遭遇する機会も増え、自由に使えるお金は昔より減っているのに、欲しいと思うモノが増えた。

一方で、消費した結果をSNSに投稿し、他のユーザーからの反応を得ることを目的とした消費文化が定着している。どんな些細な消費結果でもSNSに投稿されるようになり、SNSには他人の消費結果が溢れている。そのような他人の投稿は、消費に対する擬似体験としての側面を持っており、わざわざ自分で消費する必要があるかと考える消費行動がZ世代の間で定着した。

こうした背景から、お金をかけずとも楽しめるYouTubeやTVerをはじめとした無料動画配信サービスや、定額で見放題のNetflixをはじめとした有料サブスク、広告を見るだけで楽しめるスマホゲームやマンガアプリなど、コンテンツを消費することで余暇時間を使うことがコスパがいいと考える消費者が増えた。お金をかけずに消費できるからこそ、消費しようと思うモノで溢れていき、1つ1つのコンテンツが鑑賞ではなく、消化目的になっているのである。

 

タイパの根底にあるZ世代の心理

コンテンツの供給過多は、特にZ世代の間で「消化できる時間は有限だから、その時間を無駄にしてまで、消費したコンテンツから不快感やつまらないという感情を生みたくない」、ある意味で消費を失敗したくないという価値観を生んだ。コンテンツの消費を失敗したくない、時間を無駄にしたくないと思うからこそ、あらすじやハイライトだけを観て消費した気分になったり、音楽のサビだけ、動画のおいしい部分だけを消費するような仕方が好まれる。ネタバレを踏んでおくことは、消費を失敗しないためのリスクヘッジになるのだ。

また、現在はテレビに限らず、様々な娯楽があるため、交友関係や所属するコミュニティによって、コミュニケーションのフックとなるコンテンツが異なり、コミュニケーションをとる上で、様々なコンテンツを消費しておくことはある意味ノルマになっている。その中で、効率的にコンテンツを消費するためにタイパが追求されることは、合理的なのかもしれない。

 

タイパを追求したコンテンツ消費を通じて、「何者か」になりたいと考える若者もいる。Z世代の8割は推しがいたり、オタ活をしており、何かしらのオタクであると自身を認識している。若者にとって、自身がオタクであると発信することは、自分自身が何者であるか=アイデンティティを発信することと同じである。人間関係の構築においても「自分が何のオタクか」ということが重要になっている。

そして、ステータスとしてのオタクが欲しい若者にとっては、いかに最短距離で、いかに手間をかけずにオタクになるかがタイパを追求する動機そのものになる。だからこそ、ファスト映画を視聴したり、動画のスキップ機能を利用したり、ネタバレサイトを見たり、Twitterに溢れる猛者たちの論考や雑学をあたかも自分のオリジナルかのように引用し、知った気になったりする。映画鑑賞の醍醐味とも言える「初回の感動」を放棄するという非合理的な行動をとったとしても、彼らにとっては省けるものを省いた方が合理的なのである。

 

タイパは「時間対効果」という意味だけでは捉えられない

タイパという言葉1つとっても、全く違う3つの性質に分類される。

 

①時間効率

仕事や家事など、労力が求められる時に手間を省くなどして時間の効率化を図る側面。

 

②消費結果によって、かけた時間が評価される

モノやサービスを消費した際に、その消費対象から直接得た効用が、かけた時間に見合っていたかを評価する側面。

 

③手間をかけずに◯◯の状態になる

消費結果をフックにして他人とコミュニケーションをとる際に、いかに時間をかけずに、満足のいくコミュニケーション水準まで自身の経験値や知識量を増やすことができるか、オタクだと認識される状態になるためにいかに手間を省けるかという側面。

 

「時間対効果」という共通点のみで様々な現象を「タイパ」という言葉でくくることは無理である。