年収は「住むところ」で決まる 雇用とイノベーションの都市経済学

発刊
2014年4月23日
ページ数
360ページ
読了目安
514分
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地域格差が問題となる時代がやってくる
高い技能を持った人材が集まる場所こそが経済発展する。そして、成長する都市の高卒者の給料は、衰退する都市の大卒者の給料よりも高くなる。今後は優れた企業が集まる地域と、衰退していく地域の格差が問題となると説く。

製造業からイノベーション産業の時代へ

アメリカ経済の産業構造は50年以上かけて、従来型の製造業から、知識、アイデア、イノベーションに関わる産業へと転換してきた。昔ながらの製造業の雇用が減り、イノベーション産業の雇用が増え続けている。一方、イノベーション産業が成長したところで、製造業雇用の減少を埋め合わせるほどの雇用は生み出されないと指摘する人がいる。フェイスブックやツイッターなどのオンラインサービス企業は、ユーザーに多くのコンテンツ創造させているため、実際は多くの雇用を生み出せていないとされる。

 

しかし、データを見ると、話は単純ではない。フェイスブックは本社で1500人、それ以外の土地で1000人の従業員しか雇っていない。これはアメリカ国内で約14万人を雇用しているGE等とは比べ物にならない。しかし、フェイスブック向けアプリを開発しているソフトウェア企業は53000以上の雇用を直接創出しているほか、関連のビジネスサービスで13万以上の雇用を間接的に生み出している。フェイスブック関連の雇用で支払われている賃金と付加給付は合計で120億ドルを上回る。

 

失われていくものづくりの雇用

製造業はもはや地域経済の繁栄のエンジンとは言えなくなった。かつて栄華を誇ったアメリカの製造業都市は往年の勢いを失い、人口の縮小と経済の不振に悩まされている。製造業の衰退により地域社会がこうむる最も大きな打撃は、製造業で働いていた人達が職を失う事ではない。工場が閉鎖されれば、その都市でサービス関連の仕事に就いていた人の多くも働き口を失う。研究によれば、製造業の雇用が1件減ると、最終的にはその土地で非製造業の雇用も1.6件減る。美容師やレストランのウェーター、大工、医師、清掃員、小売店の店員にも打撃が及び、特に建設関連の雇用に影響が大きい。工場で働く人達の収入が干上がれば、同じ都市に住む他の人達の収入も干上がるのである。

製造業の雇用が減った原因は、グローバル化だけではない。1970年以降、アメリカの製造業の生産高は倍増しているが、雇用は減り続けている。その理由は、技術の進歩と、新しい機械への投資により、工場の生産性が飛躍的に向上したからである。

 

人的資本の世紀

かつて、良質な雇用と高い給料は、工業製品の大量生産と密接に結びついていた。工場こそが経済的価値の生まれる場所だった。しかし今日は、誰でもつくれるような製品を生産しても大きな価値を生み出せない。良質な雇用と高い給料の供給源は、次第に、新しいアイデア、新しい知識、新しいテクノロジーを創造する活動に移ってきている。そうした変化は今後も続き、さらに加速するだろう。それに伴い、イノベーション能力に富んだ人的資本と企業を引きつけようとする国際競争が激化する。そして、人的資本がどこに集まるかは、地理と集積効果の影響を一層強く受けるようになる。その結果、国が繁栄するか衰退するかは、その国の頭脳集積地の数と実力にますます大きく左右されはじめる。物理的な工場の重要性は低下し続け、その代わりに、互いにつながり合った高学歴層が大勢いる都市が、アイデアと知識を生む「工場」として台頭するだろう。

 

高い技能を持った人材が集まる地域との格差が問題となる

今、アメリカの社会は急速に分断されつつある。成長している産業が集中する一握りの都市で良質の雇用が生まれ、人々が高い給料を手にする一方、それ以外の大都市の都市はますます取り残されて、置いてけぼりをくっている。個人が経済的に低迷している都市を抜け出し、繁栄を謳歌している都市に移り住む事は可能だが、すべての人が移住できる訳ではない。そこで、質の高い雇用を生み出せず、高い技能をもった人材を引き寄せられずにいる地域をどうすれば助けられるのかが、大きな問題になる。

 

イノベーション産業が雇用を生み出す

現代社会では、雇用の大多数を地域レベルのサービス業が占めている。これらはサービスを輸出できない。対して、イノベーション産業の雇用のほとんどが輸出可能である。大いなるパラドックスは、雇用の大半は非貿易部門が占めているのに、そうした産業が国の経済的繁栄の牽引役になりえない事だ。経済の繁栄は、貿易部門のイノベーションにかかっている。

 

イノベーション産業の新たな雇用が生まれると、同じ都市で非貿易部門の雇用も作り出される。科学者の雇用が増えれば、地域のサービス業に対するニーズが高まる。その結果、タクシー運転手や家政婦、大工、美容師などの雇用も増える。イノベーション産業は労働市場に占める割合こそわずかだが、それよりはるかに多くの雇用を地域に生み出し、地域経済のあり方を決定づけている。

 

興味深いのは、貿易部門の産業で労働者の生産性が高まると、その産業だけでなく、他の産業でも労働者の賃金水準が高まる傾向がある事だ。特にハイテク産業の乗数効果は大きい。これはハイテク企業で働く人が高給取りのため、地元に落とす金が多く、地域の雇用創出への貢献が大きいためである。さらには、この分野の企業は互いに寄り集まる傾向が強い。都市にハイテク企業が1社生まれると、将来、さらに多くのハイテク企業が生まれる可能性が高い。その結果、地元に生まれるサービス関連の雇用も増える。

 

年収は住むところで決まる

イノベーション関連の仕事は、多くの場合、既存の仕事にとって代わっているに過ぎない。オンライン旅行会社が社会的に価値を生み出した事は間違いないが、一方で閉鎖に追い込まれた旅行代理店は数知れない。

 

問題は雇用の消滅が幅広い地域で起きるのに対し、雇用の創出がいくつかの地域に集中する事だ。オンライン旅行会社やネットフリックスのケースで言えば、アメリカのほとんどの都市で雇用が失われたが、雇用が増えた地域は、シアトル、ニューヨークなどの一握りの都市に限られていた。成功している都市は、イノベーション能力に富んだ企業と人材が集まり続け、一層強みを発揮するが、敗者はますます弱体化していく。

 

地域の人的資本の充実度とその地域の賃金水準の間には、強い結びつきがある。その理由は3つ。

①相互補完性:高技能の働き手が増えると、それ以外の労働者の生産性も高まる
②テクノロジー導入の促進:新しい高度なテクノロジーが導入しやすくなる
③人的資本の外部性:高技能の働き手の知識が伝播する

 

今日、個人の給料の金額や地域の給料水準に大きな影響を及ぼすのは物的資本よりも人的資本である。教育レベルの高い住民が多いと、労働者全体の生産性も向上し、その結果、学歴の低い人の給料も高くなる。