日本の人的資本経営が危ない

発刊
2023年2月16日
ページ数
200ページ
読了目安
379分
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人的資本経営の解説書
政府や官庁によって主導されている「人的資本経営」について、その歴史から日本の現状、企業の実態や事例まで紹介されている一冊。
ESG投資への関心が高まる中で、注目されている人的資本経営。経営戦略と人材戦略を連動させることが必要とされ、これまでの人事の考え方を転換することが求められる中で、日本企業はどのような課題を持ち、どのように対応していくべきかが概観されています。

周回遅れの日本の人的資本経営

「人的資本」は、古くて新しい概念である。この源流にさかのぼると18世紀のアダム・スミスに辿り着く。アダム・スミスは既に当時から、多くの労力と時間をかけて教育された人の仕事は、価値ある資本の利潤に回収されると説いていた。その後、1950年以降にゲイリー・ベッカーなどの経済学者によって、教育の経済効果における理論構築と実証がなされ、アダム・スミスが示した人的資本が再定義されていった。

海外では人的資本が「知的資本(=頭脳)」という概念の登場によってビジネスの中核として注目されるようになり、1990年代以降は欧米やアジアの成長国が人的資本の価値に気づき、本腰を入れて取り組んでいった。しかし、日本はこれとは対照的に、逆の方向に向かってしまった。高度経済成長時代の成功体験から、「従業員は黙っていても会社についてくる」という日本型経営のおごりが生まれ、人材を無意識のうちに「経費」と見なしてきた。

 

こうした状態にある日本において、政府や官庁がようやく動き出し、経済産業省が2022年を「人的資本経営元年」であると宣言している。経済産業省や金融庁が人的資本経営を推進していく目的は、人的資本経営の狙いが、「ヒトという無形資産への投資とその情報開示を前向きに行なっている企業に資金が集まる仕組みをつくり、企業競争力の底上げにつなげる」ことにある。

政府は、モノからコトへと進む時代、付加価値の源泉は、創意工夫や新しいアイデアを生み出す「人的資本」であるとし、官民の人への投資を早期に、少なくとも倍増し、さらにその上を目指していくことで、企業の持続的価値創造と賃上げを両立させていくことを表明した。

 

人材投資への取り組みと同時に求められるのが、人的資本に対する情報の開示である。人的資本の開示が求められる背景には、ESG投資への強い関心の高まりがある。ESG投資では、企業の財務指標だけでなく、「環境への配慮や社会と良好な関係を築けているか」「企業の統制がきちんと取れているか」といった非財務指標も加味して投資を行うため、Social(社会)に含まれる企業の人的資本について、開示が求められる。

 

人材戦略に求められる3つの視点

経済産業省は、「持続的な企業価値の向上に向けて、経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか」という点を掘り下げて、2022年に「人材版伊藤レポート2.0」を公表した。この報告書は人的資本経営という変革を、どう具体化し、実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイデアを提示する。この中で最重要フレームワークである「人材戦略に求められる3つの視点」は次の通りである。

 

①経営戦略と人材戦略の連動

「いかに経営戦略を実現するのか」を考えれば、基本は人が実践するので、必然的に「どのような人材をどのように配置するのか」「どのような人材を育成し、どのようなスキルを習得させるべきか」といった議論になるはずである。経営戦略は明確に描けている企業が比較的多いことから、まずは経営戦略と人材戦略をつなぐ人材ポートフォリオの構築に注力することから始めるべきである。

伊藤レポートでは、経営戦略と人事戦略を連動させる有効な手立てとして、CHROの設置を挙げている。調査では、人事部の最高責任者の経営関与度が高いほど、経営戦略に基づいた人事戦略の策定ができて戦略人事が進んでいる。

 

②「As Is – To Beギャップの定量把握」

経営戦略実現の障害となる人材面の課題を特定した上で、課題ごとにKPIを用いて、目指すべき姿(To be)の設定と現在の姿(As is)とのギャップを定量的に把握すること。これは、人材戦略が経営戦略と連動しているかを判断し、人材戦略を不断に見直していくために重要であるとする。そのために、人材関連の改善KPIについての情報や、社員のスキル・経験などの特性を示す人事情報基盤を整備して、人材戦略の実現に関するタイムリーな意思決定を支えるというものである。

「経験・勘・記憶」という3Kから、「客観・傾向・記録」という新しい3Kによって、「なんとなく人事」から「より確かな人事」へと変貌していくことが戦略人事実現の道であり、HRデータを一元管理して活用するタレントマネジメントシステムといったインフラの強化が必要である。

 

③「企業文化への定着」

持続的な企業価値の向上につながる企業文化は、所与のものではなく、人材戦略の実行を通じて醸成されるものであり、そのために人材戦略を策定する段階から、目指す企業文化を見据えることが重要である。まず前提として重要なのが、自社の企業理念、存在意義を定義あるいは再考することである。

文化がソフト的な特性を持ち合わせている点に対して、社員の任用・昇格・報酬・表彰等の仕組みなど、ハード的な施策の検討も重要である。人的資本経営の実践には、ハードとソフトを、それぞれの時間軸で測りながら設計していくことが、ありがちな変革疲れやハレーションを発生させずに根付かせる秘訣と言える。