集団浅慮のメカニズム
集団浅慮とは、米国の心理学者アーヴィング・L・ジャニスが提唱した概念である。個人としては優秀であるはずの人々が、集団として意思決定を図ろうとした時、目も当てられないほど愚かな判断ミスを犯してしまうことを意味する。
集団浅慮のポイントは、組織における「凝集性」の高さにある。凝集性とは「その集団にとどまらせようとする力」のことだ。組織に対する忠誠心、企業で言うところの愛社精神、メンバー間の結束力、団結心、一体感、仲の良さまで含まれる概念である。ジャニスは、凝集性の心理的な効果について、凝集性が高いほど、集団はその規範への同調と、集団の目標、割り当てられた課題と役割を受け入れさせる力が高くなる。凝集性の高い集団はメンバーの安心感の源泉となり、不安を減少し、自尊心を高めるのに役立つと指摘している。
その規範に異を唱える「逸脱者」に対しては、次のステップを踏んで、同調圧力が働く。
- 説得:多数派のメンバーたちは「逸脱者」とのコミュニケーションを増やし、自分たちに同調するよう説得を試みる。
- 疎外:「逸脱者」の態度変容が見られない場合、多数派メンバーは逸脱者とのコミュニケーション量を減らす。
- 排除:異動願や離職、転職を勧告するなど、逸脱者を排除する。
同調圧力は、凝集性の高さから生まれ、所属メンバーの安心感や居心地の良さを守るために発動される。多数派のメンバーたちは、居心地の良さを優先するあまり、インフォーマルな規範をつくり、全会一致を強く求める。逸脱者を許さず、ストレスフルな言い争いを避け、「これでいいんだ」と自らを信じ込ませる。そして、まともな議論もないまま、他の選択肢を考えることもしないまま、その決断によって引き起こされる悲劇的な結末に思いを巡らせることもせず、安易な全会一致を求める。このプロセスこそが「集団浅慮」だ。
集団浅慮の症状
集団浅慮に陥った組織には、以下の8つ症状が生じる。
・集団への過大評価
①不敗神話の幻想
自分たちが負けるなんてありえないという「不敗神話(成功体験)」を共有することによって、メンバーは不安や恐怖を払拭し、極端な楽観主義のもと、過ちを犯す。
②道徳性や倫理性への揺るぎない信念
自らの善良さに関する揺るぎない信念は、「倫理的葛藤」を最小化させる。むしろ倫理的葛藤から逃れるために、自らの正しさや善良さを信じ込むのかもしれない。
・思考の閉鎖性
③警告の合理化
組織が愚かな決断を下そうとする時、ほとんどの場合、周囲から何らかの「警告」が発せられている。しかし、それを無視するよう、自分に都合のいい情報だけを拾い集めて合理化していく。
④敵のステレオタイプ化
自らの道徳性に絶対の自信を持つ集団とは、自らを「善」と規定する集団である。当然、敵対者は「悪」になり、「愚か者」ということになる。自分にとって都合の悪い情報を直視したくなければ、ライバルを「悪」や「愚か者」の箱に閉じ込めておくのが最善となる。
・全会一致への圧力
⑤批判の自己検閲
凝集性の高い組織に所属するメンバーは、組織に依存する傾向が高まっていく。たとえ組織の方針に疑問が生じたとしても、逸脱者として排除されないようにするため、彼らは「自発的な検閲」によって自身を納得させる。そして、メンバーは暗黙の内に「相互不可侵条約」を結ぶ。
⑥全会一致の幻想
会議における沈黙は「同意の証」と見なされ、全会一致が成立する。内心では「おかしい」と思いながらも、「けれど、みんな賛成しているのだろう」と思い込んで沈黙を守る。そして議論らしい議論もないまま、ぼんやりとした全会一致の中、物事が進む。
⑦逸脱者への圧力
凝集性の高い会議で期待されているのは「首尾よく会議を終わらせること」であって、「正しさを議論し合うこと」ではない。結果、逸脱者は逸脱者として扱われ、その声が聞き入れられることはない。
⑧「心のガードマン」の出現
組織を守るため、組織にとって都合の悪い情報をシャットアウトする「門番」のような人間が、多くの場合は自発的に現れる。
フジテレビの問題点
おそらくフジテレビは、凝集性の高い組織だった。厳しい就職戦線を勝ち抜いて、憧れのフジテレビに入社した局員がほとんどだろう。まして、同社の黄金期を知る港社長や大多専務ら中高年層にあっては、一際その思いが強かったはずだ。
港社長、大多専務、G編成局長の3名は、女性Aから直接相談を受けたE室長の報告に耳を傾けた。それは「相応に具体性をもって」報告された。中居氏から性暴力を受けた、ということは全員が理解していたはずだ。しかし、彼らは何もしないことを選んだ。
問題は、当事者や専門家の声を聞くこともせず、他の選択肢を一切考慮せず、ただ「大ごとにしてはいけない、刺激してはいけない。だから動かず、しゃべらず、復帰を待とう」と安易に全会一致した、その集団浅慮にあった。