人類の進化と現代のミスマッチ
最新の研究によれば、現在の人類の基礎が形作られたのは約680〜700万年前。現代人と猿人の中間的な存在であるヒト亜科が生まれた時代で、ここから人類は独自の進化コースに入っていった。そこから人類は少しずつ進化を続け、1〜2万年前に石器時代から農耕生活に移動する。つまり、少なくとも人類は600万年にわたって狩猟採集生活を続けてきた。このタイムスパンで見れば、人類は進化の過程で古代の環境に最適化してきたと考えられる。自然の中で獲物を追い、太陽の進行と共に暮らし、少数の仲間と語りあう。ヒトの脳と体は、そんな環境の中でパフォーマンスを発揮するように進化してきた。
「進化医学」とは、進化論をベースにしながら人間の病気の正体を考えていく学問である。人類に備わった生存システムが現代の豊かな環境ではうまく働かず、古代ではあり得ない「文明病」について考えるのが進化医学の根幹である。肥満やうつ病、脳のパフォーマンス低下についても、進化のミスマッチが原因だと考えられている。
炎症によって体も脳もダメージを受ける
スーパー高齢者たちの共通点は、体の炎症レベルが異様に低いことである。体の炎症レベルを見れば老化のスピードがわかる。炎症反応は、体が何らかのダメージを受けた時に起こる。有害な刺激を取り除こうと免疫システムが起動し、ケガを修復すべく働き出す。炎症そのものは進化の過程で人体に備わった防御システムであり、私たちが生きていくために欠かせない。
大事なのは、炎症が体の表面だけに起きる現象ではない点にある。免疫システムが激しく働くと、血管や細胞といった組織までダメージがおよび、やがて全身の機能を下げる。
人体にとって、内臓脂肪は「異物」でしかない。そのため、私たちの体は、内臓脂肪が増えると免疫システムを動かしはじめ、脂肪細胞が分泌する炎症性物質が臓器に炎症を引き起こす。内臓脂肪が減らない限り体はジワジワと燃え続け、炎症性物質で傷ついた血管や細胞が動脈硬化や脳梗塞の引き金になる。
慢性炎症は、脳の機能にも激しいダメージを及ぼす。代表的な例は「うつ病気」である。人体が何らかのダメージを受けてサイトカインという炎症性の物質が分泌され、脳の機能に影響を与える。
狩猟採集民には炎症が見られない
伝統的な部族には、慢性炎症に由来する病気がほぼ存在しない。現代人の摂取カロリーは増大を続けている。高カロリーの状態が続けば、余ったエネルギーは内臓脂肪として貯蓄され、炎症につながる。私たちの脳と体は「低カロリー」にはうまく対応できるが、「高カロリー」を処理するようには設計されていないのである。
また、炎症は睡眠時間が1日7〜9時間の範囲を逸脱すると激増する。夜中に何度も目が覚めてしまう場合も同様である。狩猟採集民たちの平均睡眠時間は6.9〜8.5時間と現代人と変わらないが、睡眠パターンは正確で、日暮れから3時間後には必ず眠り、毎朝7時には自然と目を覚ます。
将来への不安が脳に炎症を起こす
現代は「不安の時代」である。不安の機能は「アラーム」である。まだ正体が明らかではない生存の危機を察知し、事前に対策を取れるようにアラームを鳴らす。これは人類にとって重要な機能の1つである。
ところが、不安の質が変わった現代では、アラームが誤作動を起こし、やがて頭の中で非常ベルが鳴りっぱなしの状態になっている。現代人の不安の原因は「未来の遠さ」にある。狩猟採集民の未来は1日単位であるが、現代人は未来の感覚が遠くなったため、先の見えない不安が生じる。
本来、人類に備わった「不安」は、あくまで目の前に迫った危険への対策を促すためのシステムである。今の瞬間よりも時間軸が未来にある危険に対しては、そもそもプログラムが対応していない。その結果として、遠いアラームの誤作動が引き起こされ、うつ病などを発生させている。