億男

発刊
2014年10月15日
ページ数
243ページ
読了目安
297分
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人が生きるためには何が必要なのか
人間にとって、お金とは何か。借金で家族を失った主人公が、宝くじによって3億円を得ることによって、お金と幸せについて答えを探し求めていく物語。

一男の世界

この世界はお金の皮肉で溢れている。一男が三億円を手にする事になったのも、そんな皮肉めいたある一日の出来事がきっかけだった。一男は、図書館に毎朝8時半に出勤し、館内の電気をつけ、パソコンを立ち上げ、開館準備をする。9時に開館した後は、カウンターの中で来館者の貸出し手続きをしながら、返却された本を整理したり、書棚に戻したりしていると一日が終わる。

 

17時のチャイムが鳴る。一男は荷物をまとめ図書館を後にすると、電車に乗って30分。静かな駅を降りて、駅前の牛丼屋で簡単な食事を済ませ、巨大なパン工場に向かう。白衣に着替え、ベルトコンベアの前に立ち、次々と流れてくるパン生地の断片を丸めてパンの形にしていく。とめどなく続く単純作業。

一男の弟が失踪したのは2年前の事だった。弟には3千万円の借金があった。その事を知った一男はその借金の肩代わりをした。家では妻との口論が絶えず、妻はひとり娘を連れて家を出て行った。それから1年半にわたる別居生活が続いている。一男は借金返済のために昼は図書館司書として働き、夜はパン工場で働く。

 

三億円が消える

一男の娘、まどか。娘の9歳の誕生日に一男は、高級フレンチでランチをする事にした。一男が一日昼も夜も働いて、この一食、一時間のためにお金を払う。親の事情で娘に寂しい思いをさせている。一男はいたたまれない気持ちになった。お金さえあれば、こんな事にならなかったのに。

レストランを出て、一男はまどかと並んで歩く。駅に併設されたショッピングビルの中では福引きをやっていて、豪華賞品と書かれたボードが啓示されている。まどかが、足を止める。視線の先には三等の自転車があった。福引き会場の前で動かない一男たちを見かねてなのか、老婦人が福引き券を差し出してきた。礼を言いながら、福引き券を受け取り、くじをひいた。4等、宝くじ10枚。

 

10日後、宝くじが当選していた。3億円。「お金は鋳造された自由である」かつてドストエフスキーは言った。お金で幸せを買う事はできないかもしれない。だが少なくとも、自由を手に入れる事はできる。好きな事をする自由。一男はパソコンを立ち上げ、検索窓に「大金 使い道」と入力し、その中の1つに目を留める。億男たちの金言。その掲示板の最後の言葉に目を留めた。

 

「人生に必要なもの。それは勇気と想像力と、ほんの少しのお金さ」チャーリー・チャップリン

 

一男はこの言葉を教えてくれた親友を思い出した。お金と幸せの答えを相談できるのは15年以来会っていないが、親友の九十九しかいない。15年ぶりに会う九十九は、ベンチャー企業を立ち上げ大金持ちになり、タワービルの高層階に住んでいた。

九十九から三億円を現金にして、実際に触れてみる事を薦められ、一男は三億円の入った旅行かばんを持って、九十九に会いにいった。タワービルの高層階で、高い寿司を食べ、酒を飲み、美女に囲まれ、福沢諭吉の絨毯の上で大騒ぎした。その翌日、九十九がいなくなっていた。三億円と共に。

 

生きるために必要なもの

一男は九十九の事をパソコンで調べた。九十九が、作った会社を大手の通信会社に売却したこと。その売却益を会社設立時からのメンバー3人と分け合ったこと。

 

一男は九十九の居場所を求めて、3人を探す。そして、十和子、百瀬、千住と「億万長者のその後の人生」を目の当りにする。しかし、九十九への手がかりは途絶え、三億円も、「お金と幸せの答え」も見つからない。

 

3年ぶりの娘のバレエの発表会。そこで、一男は再会した妻に言った。「僕が欲しいものは何もない。ただ借金を返し、家族が戻ってきて、君達が欲しいものが全部買えればそれでいいんだ」

そこで妻は言った。「あなたがお金によって、欲という大切なものを奪われた」と。人は明日を生きるために何かを欲する。どんなに大金を手に入れたとしても、元に戻る事はできないのだと。