LIFE SCIENCE 長生きせざるをえない時代の生命科学講義

発刊
2020年12月17日
ページ数
352ページ
読了目安
370分
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老化と死を遅らせる生命科学の可能性とは
生命の基本単位である細胞の仕組みから、遺伝子や病気、老化の仕組みまで、生命科学で解明されたことをわかりやすく解説している一冊。
老化や死に関わる生命の仕組みとして注目されている「オートファジー」を研究する著者が、最先端の生命科学について紹介しています。

死なない生き物がいる

人が死ぬのは、「進化」と大きく関係があると考える研究者たちがいる。「多くの生き物は進化の過程で死んだ方が有利だったのではないか」という仮説が出されている。それは、死んだ方が種の全滅は防げるということ。死なないと、子孫を残す必要がなくなる。子供ができないと、遺伝子の変異による進化も起きにくくなる。人口爆発を避け、変異を伝えて進化するためには、死ぬことが重要だったと考えられている。

 

しかし、実は死なない生き物がいる。ベニクラゲというクラゲは死なない。なぜ、死なないのか答えは見つかっていないが、ベニクラゲは進化の競争から外れてひっそり生きる道を選んだからではないか。他の種と生存競争がなければ、死ぬ必要はない。おそらく、ベニクラゲ以外にも不死の生き物はいたはずだが、他の種との生存競争に晒され、死なない生き物は淘汰され、死ぬ生き物が生き残った。個体が死ぬ集団の方が圧倒的に生存に有利だったのだろう。

死なない生き物がいるということは、人間も死ななくていい未来の可能性もある。

 

人は老化をあえて選んだ

ベニクラゲの例のように生き物の死が必然ではないように、老化も必然ではない。歳はとるけれど、老化しない生き物が存在する。アホウドリや、ネズミの一種のハダカデバネズミは、生きている間、完璧な健康を維持し、あらかじめ定められた時がくるといきなり死ぬ。

つまり、人間を含めて、他の多くの生き物はわざわざ老化している。老化も死と同じで進化の過程でわざわざそれを選んだ可能性が高い。これも死と同じく「絶滅を避ける」という説が有力である。老化している個体がいると、もし集団全員が飢饉や疫病に襲われた時、先に死んだり、感染したりするのは老化した方である。年寄りが先に時間を稼げば、若い個体は逃げ延びることができるかもしれない。感染症だけでなく、外敵から身を守る時も同じである。

 

人間は死と老化を積極的に選択して生き残りを図ってきたにもかかわらず、今、それに逆らおうとしている。

 

老化と死の鍵を握るオートファジー

細胞の未来とは、老化と死に医学的に介入し、それらをなくすまではいかなくても、遅らせられる可能性がある未来である。オートファジーは、そのような未来の実現に対して大きな可能性を秘めている。

 

私たちが昨日と変わらない今日を過ごせるのは、細胞が「いつも同じ」という状態、つまり恒常性を維持してくれているから。この恒常性が崩れる原因が病気と老化である。オートファジーは、簡単にいうと細胞の中の恒常性を保つ役割をするものである。オートファジーのことがわかってくることで、病気にかかるのを防いだり、老化を緩やかにして健康な期間を長くできたりする可能性が見えてきた。すでに、がんや感染症、認知症などに新しい治療法が提供できるのではと期待が高まっている。

 

オートファジーは「細胞の中の物を回収して、分解してリサイクルする現象」のことである。これには大きく3つの役割がある。

 

①飢餓状態になった時に、細胞の中身をオートファジーで分解して栄養源にする

酵母から人間までおそらくすべての真核生物にある、最も基本的なオートファジーの働き。特に酵母ではこの機能は重要である。もし周りに栄養がなくなった場合、オートファジーを活性化させて細胞の中身を分解して栄養源にしないとすぐ死んでしまう。哺乳類では、出生時に全身の細胞でオートファジーを激しく起こして栄養をつくり、お母さんからの栄養補給が断たれたことによる飢餓を生き延びている。

 

②細胞の新陳代謝を行う

オートファジーは細胞の中身を入れ替えている。細胞は死んで、新しい細胞に変わっていく。それまでの間は、オートファジーが細胞をきれいにする。入れ替えは細胞の階層だけではなく、オルガネラ(細胞小器官)より下の階層でも起こっている。
体重60kgくらいの大人の場合、体の細胞の中では1日約240gのタンパク質が合成されている。食事からとったタンパク質は胃や腸で分解され、アミノ酸になった後には通常ほぼ全量がエネルギーとして使われる。そのため、細胞は細胞の中にあるタンパク質240gを主にオートファジーで分解し、つくり直している。

 

③細胞内の有害物を除去する

オートファジーは、細胞内に病原体やなどの有害なものが現れると、それを積極的に隔離して壊す。オートファジーの能力は、免疫細胞ではない普通の細胞にも備わっているので、とても広範な免疫ということができる。

 

オートファジーは、毎日少しずつ起こっている。ところが歳をとると、オートファジーの能力が低下する。これがわかれば、低下を食い止め、神経変性疾患にならないようにできるのではないか。