新型コロナの科学 パンデミック、そして共生の未来へ

発刊
2020年12月21日
ページ数
336ページ
読了目安
431分
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新型コロナウイルスを正しく理解するための本
新型コロナウイルスに関する治療薬、ワクチン研究の状況、日本や海外の感染症対策、パンデミックの経緯や原因など、様々な情報がまとめられた一冊。現在わかっている確かな情報をもとに、新型コロナに関する様々な側面を理解することができます。

対策が難しい感染症

近代医学がワクチンを作り、抗生物質を開発したが、未だに特効薬もワクチンもない感染症の方が多い。ウイルス疾患の中で両者が揃っているのはインフルエンザくらいである。コロナウイルスのSARSやMERS、そして新型コロナウイルスに対してはワクチンも治療薬もない。撲滅された感染症は、天然痘だけである。我々は、これからも感染症と共に生きていかねばならない。

 

新型コロナウイルスと比べると、SARSの症状は急激かつ激症である。新型コロナウイルス、インフルエンザなどの呼吸器感染症は、鼻、喉の上気道感染による軽い風邪のような症状を経て肺炎となるが、SARSはいきなり肺炎から始まることが多い。SARSの致死率は9.6%である。しかし、この急激な進行、高い致死率が、結局SARSウイルスの収束を早める結果となった。ホストが次々に死ぬと、ウイルスは生きる場を失う。

SARSに比べると、新型コロナウイルスははるかにずる賢い。軽症者が80%を占め、感染しても症状のない時にウイルスを撒き散らす。致死率はSARSのほぼ半分。新型コロナウイルスはSARSと違って、自ら姿を消すことはないだろう。

 

高齢者のリスクが極めて高い

新型コロナ感染症は、無症状者も含め、発熱など風邪症状程度の軽症者は全体の80%と言われている。感染者の20%は肺炎になり、さらに2-3%は重篤化して、集中治療室に送られ、呼吸管理、ECMO(体外式人工肺)による治療などが必要になる。サイトカイン・ストーム、血栓症、肺栓塞などを合併すると予後は悪い。

感染による炎症がその部位に留まっている内は、腫れ、痛みなどの局所反応であるが、広がると発熱などの全身症状が出てくる。これは免疫細胞が分泌した炎症性サイトカインのためである。さらに大規模な感染が起こると、生体防御の範囲を超えて、サイトカインが過剰に分泌され、サイトカインがサイトカインを呼び、制御が効かなくなる。サイトカイン・ストームである。ついには、全身の臓器に炎症反応を起こすようになり、血圧が低下し、ショック症状になり、血管内で血が固まり、多臓器不全となる。新型コロナの場合、ウイルスが細胞のインターフェロンによる細胞内の情報伝達経路を遮断することが一番の原因ではないかと言われている。

 

日本の新型コロナ感染症の致死率は、10月7日時点で1.93%。世界全体では2.93%である。コロナが怖いのは、高齢者の致死率が非常に高いことである。80歳以上の致死率はほぼ21%、70歳以上でほぼ8%である。全死亡者の85%は70歳以上である。

第二波になり、感染者が増えたが死亡者は減ってきた。致死率も第二波になってから低くなっている。致死率が下がったのは、臨床が新型コロナの経験を積み、的確に治療できるようになったことが大きい。特にレムデシビルとデキサメタゾンという限られた薬を有効に使い、死亡者を減らすことができた。

 

なぜ日本人の死亡者率は低いのか

日本のコロナは、いくつかの点で欧米諸国とは違っていた。第一にコロナ感染者の増加が非常にゆっくりとしていたこと。第二に、死亡者が少ないことである。感染者の増加がゆっくりなのは、PCR検査を抑えていたためではない。コロナによる死亡者数も、ドイツを除く欧米の国が人口100万人あたり死亡者数が400以上であるのに対し、日本は9.8である。日本だけでなく、アジアの国々はおしなべて10以下である。

日本人の行動様式あるいは遺伝的特性の中に、感染を抑える何かがあるのかも知れない。この要因を山中伸弥教授は「ファクターX」と呼んだ。清潔、握手ではなくお辞儀、土足で家に入らない、マスクをするなどの日本人の行動様式の可能性はある。しかし、大きな差は、遺伝的な違いがないと説明できない。日本人には、遺伝学的、あるいは生物学的な特性があるのかも知れない。HLA(ヒト白血球型抗原)遺伝子群は、その組み合わせが個人間、人種間で違う。HLAと新型コロナ感受性の関係を検討する必要がある。

 

イタリアとスペインの激戦区の患者のゲノム解析による研究により、ホスト側の重症化遺伝子に見当がついた。この研究から、ネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子が新型コロナの重症化リスクになっている可能性が浮かび上がった。およそ40万年前から2万年前まで、ユーラシア大陸に生息していたネアンデルタール人の遺伝子は、現代の我々にも受け継がれている。スペイン、イタリアの重症患者で発見された3番染色体の重症化リスク領域が、ネアンデルタール人とヒトとの交配によって、現在のヒトに受け継がれてきたものであることがわかった。

ネアンデルタール人遺伝子保有者の分布は地域によって大きく異なる。バングラデシュ、インドなどの南アジアでは30%、ヨーロッパでは8%、アメリカでは4%、日本を含む東アジアでは非常に少ない。アフリカには全く見られない。日本人が新型コロナによる死亡者が少ないのは、ネアンデルタール由来リスクゲノムを持っていないためかも知れない。