変革の定着不等式
「営業実行学」とは、戦略や施策を立てても現場で実行されない「実行の壁」を、精神論ではなく科学で乗り越える方法論を意味する。成果を分けるのは、戦略や施策をどう描くかではなく、それが現場で実行され、やり切るところまで設計されているかである。
調査では、94.6%の企業が営業の変革を定着させられていない。変革が失敗に終わる構造は次の2つの変数で捉える。
- 変革の定着負荷:新たな戦略や施策を組織に根付かせる際にかかる、時間的・心理的な負荷
- 組織実行力:新しい取り組みを実行・定着させる、組織の許容量
この2つの関係性は、シンプルな不等号で表すことができる。
- 定着負荷>組織実行力 → 変革は失敗する
- 定着負荷<組織実行力 → 変革は成功する
多くの現場では、この不等式の逆転が繰り返し起きている。典型的な失敗パターンは3つ。
- 過剰設計:「あれもこれも」で負荷が膨張する(SFAの入力項目が膨れ上がる)
- 隠れた落とし穴:目に見えない離脱要因を想定できない(評価につながらない、入力に時間がかかる、データが形骸化)
- 現状再現:変革のはずが旧来の運用の移し替えになる(Excel運用を移し替えるだけで操作が煩雑に)
失敗を超えるためには、「定着負荷」を下げるか、「組織実行力」を上げるかしかない。
定着負荷を下げる
左辺において考えるべきことは、今の組織実行力でやり切れる負荷に収め、その範囲内で最大の効果を狙うことである。そのための原則は以下の3つである。
①イネーブルメント仮説を見つける
今の組織実行力で確実にやり切れるように、他部署の要望よりも、売上につながる1つに集中する。売上が向上したという成功体験が生まれると、次の変革を進めるエネルギーになる。
イネーブルメントとは、営業領域では、一部の人ができていることを、組織全体ができる状態に引き上げる営みを指す。「一部の人はできているが、全員にはまだ広まっていない行動」の内、売上に効きそうなものを仮説として立てる。筋の良いイネーブルメント仮説には、次の4つの要件がある。
- N1:誰かができている実績があるか
- 余地:組織内でバラつきがあるか
- 再現性:他者が学習・模倣可能か
- 売上貢献:成果に直結するか
4要件を満たす仮説は、自組織の中で見つける。現場で誰かが自己流でやっているが、それが言語化されておらず、組織に広がっていないものが、仮説の最も豊かな供給源である。まずは、定量的な営業データから当たりをつけ、現場から良い行動を発見する。
②スモールウィンを広げる
まずは1人目の成功事例をつくり、次に1チームに広げる。成功したら複数チーム、全社へ。小さな成功体験を積み重ねながら展開していく。最初の1人の成功体験が、展開の負荷を下げてくれる。段階的展開の成否は、最初の1人、最初の1チームを誰にするかで、ほぼ決まる。誰を選ぶべきかは、次の2つの観点から考える。
- 新しい取り組みに前向きか:イノベーター/アーリーアダプター層
- 社内での影響力が強いか:発言に重みのある人
③仕組みで軽くする
毎日の実行に大きな負荷がかかれば、人は消耗する。施策を実行するために発生する負荷は主に3種類にあり、それぞれ対応する必要がある。
- 記録の負荷:施策を実行したことを残す入力負荷
→項目を減らし、録音やGPS情報による自動入力ツールなどを利用する - 把握の負荷:施策の目標値との差分を認識する負荷
→施策レベルで追うべき数字を明確に定義し、スコアボードで現在地が見える状態をつくる - 習得の負荷:できないことをできるようにする負荷
→「何を渡すか(コンテンツ)」と「どう使えるようにするか(トレーニング)」の両方を設計する
組織実行力を高める
組織実行力は、次の2つの原則で高める。
④火をつける(動機づけをする)
人が行動を起こすかどうかは「やりたい(価値)」と「できそう(期待)」という2つの要素の掛け算で決まる。
- 短期ゴール×できそう:N1のノウハウを共有、スモールウィンで体験させる
- 短期ゴール×やりたい:仮説の根拠を伝え、メリットを実感させる
- 長期ゴール×できそう:他社事例でロードマップを示す
- 長期ゴール×やりたい:目指す営業組織ビジョンを提示する
「やりたい」「できそう」だけでは動かない人もいる。その時には評価や強制力といった外からの後押しをする。
- 評価制度・表彰との連動:組織としての価値づけ
- 摩擦の設計:「やらない」方に負荷をかける
⑤実行のリズムをつくる(日次の会議で仕組化する)
意志の力だけで変革を成し遂げられる組織はほとんどない。意志力ではなく、仕組みで回し続けることで、組織に定着する。仕組みの中でも力を持つのが定例会議の設計である。最も推奨されるのは、日次の朝会・夕会である。毎日同じ時間に、同じ場で、同じ型を回す。このリズムが身体に刻まれた時、実行は習慣になる。